アイツの行った大学も、内定した企業も知らないまま生きていくんだろうなと思っていた。
テレビ番組は呑気に新年を告げる。
いつもは着ないような日本伝統に身を包む芸能人に胸焼けがしそうで、窓に目を背けた。
パラパラと雪さえ降っている、仕方ないな、こんな寒さだから。
外出する訳でもないのにコートを羽織った、マンションの郵便受けを覗くためだ。ぽつぽつと年賀状が届いている。

「あ」

部屋には私しか居ないのについ驚きの声を出した。一桁枚の私宛の年賀状、その差出人の中にひとり、アイツの名前がある。

へー、とうとう結婚したんだ、よかったじゃん。



アイツと知り合ったのは高校二年の時だった。
アイツと私は自他ともに認める親友で、周りから「付き合っちゃえよ」と揶揄されることさえ度々あるぐらいだった。

「いや、こいつはそういうのじゃないから」

ふたりとも口を揃えて笑って返していた。

学校の中でもずっと一緒、朝も昼も放課後もずっと一緒、今思えば高校二年の思い出にはアイツしか居ない。
学校帰り、駅の近くの公園に毎日寄り道をした。二つしかないブランコを小学生そっちのけで陣取って、あたりの遊具から彼らがいなくなる時間までずっと駄弁っていた。
ギッ、ギッ。老いたブランコに高校生二人の体重は文字通り荷が重いようで、鈍い音が公園内に響き渡る。

高校二年、二月半ばの金曜日のことだ、アイツと関わらなくなったのは。

雪が降るぐらい寒い日だって言うのに、私とこいつは今日も公園に行く。
当たり障りのないよくある雑談を並べて満足していた時、こいつは突然黙り込んだ。
どうしたの、と冗談めかしてこいつに言うと、覚悟を決めたようにブランコを立って、こっちを見ないで口を開いた。

「オレ、今日チョコ貰ったの、バレンタインの」

つい目を丸くしてしまった。

「バレンタイン……?、ああ、そういえば今年のバレンタインは土日だったね」
「そう、だから今日」
「どう?かわいい女の子だった?」
「うん、てか、付き合うことにした。告白されたし」
「へぇ、よかったじゃん、おめでとう」

「だから、さすがにお前と放課後は過ごせないわ」
「そりゃそうでしょ、嫉妬されて刺されたらたまったもんじゃないって」
「ま、これからも親友として惚気聞いてくれよな。」
「勿論、末永くお幸せにね」

寂しさを笑って誤魔化す。
その後も話続けたけれど、内容なんて、頭に残るわけがない。
ぼーっと、上の空で相槌を打つ内に、いつの間にかいつもの解散の時間になった。
ブランコに座ったままこいつにバイバイを言って、私は立たずにもう少し座ってブランコをこいでいた。
鎖を通して冬の冷たさが指に伝わる。さむ。
ふと見ると、人差し指に巻いた絆創膏が雪の水分で剥がれつつあることに気がついた。
よれた絆創膏と一緒に、色んな気持ちを引き剥がしてブランコから立ち上がった。
絆創膏と共にゴミ箱に投げ入れる。

家に、帰ろう。


高校三年生になるとアイツとクラスも離れ、接点は無くなった。
そのまま関わることなく高校を卒業し、「自他ともに認める親友」の割には連絡も取らずに成人し、流れるように社会人になった。アイツの行った大学も、内定した企業も知らないまま生きていくんだろうなと思っていた。


二十代後半の冬だったか、マンションの郵便受けに見慣れぬ封筒が入っていた、同窓会の知らせだ。
そういえば、高校の時に誰かが企画をしていたっけ。
懐かしの友人と、いや、アイツと会えることを期待して、出席に丸をつけた。

アイツは全然変わってなかった。

「よ、元気?」

なんて軽い挨拶をして、アルコール片手に私に話しかけてくる。
こっちは数年ぶりの再会にどぎまぎしてるってのに。
負けじとそんな素振りを見せずに応えることにした。

話し始めればすぐ高校二年の私たちに戻る。
大学のこと、就活のこと、会社のこと、話し込むうちに同窓会も終盤に近づいてきてしまった。
結局こいつとしかろくに話せてないや。

酔いも程々にまわって、さて帰るか、と席を立とうとしたら、こいつは私の目を見て口を開く。

「帰り、寄り道してかない?」

高校二年のころを私は思い出す。
懐かしいな、いいじゃん。口には出さずにただこいつの目を見て頷いた。

ギッ、ギッ。ブランコが軋む音がする。
当時とはちょっと違うけど、でもどこか懐かしい音が響き渡る。
外に目をやると雪がちらついている。ああ、思えばあの時も雪が降っていたな。
自分の左手に目線をずらす。
今日は人差し指には何も巻かれていない。

当時を懐かしんでいると、こいつは不思議そうに私の左手に自分の右手を上から重ねた。

「あー、これ指輪か。」

揺れを止めて、言った。
いつからこいつはこんな顔をするようになったんだろう。

結局、数年の月日はこいつを、いや、こいつだけじゃなくて私をも大きく変えた、変えてしまっていた。

私の左手、薬指から彼の右手にひんやりとした鉄の冷たさが伝わっていく。
 
「再会しなければよかった。」

お互いに口に出そうとして、やめた。



思い出しているうちに随分時間が経った。
ああ、そうだ、年賀状。アイツに送り返してやらないと。
印刷した年賀状の余りに、年賀切手をひとつ裂いて、貼った。
摘んで裏を舐める時、指の切り傷に唾液が滲みた。
いて。そういえばおせち作りで怪我してたんだっけ。

靴を履いて、外に出た。
郵便ポストまで歩く道筋にある公園からは、子供の声とブランコが軋む音が聞こえる。

ギッ、ギッ。
ブランコに乗る子を押している母親の姿は、近々自分もこうなるのだ、と、私を感慨深い気持ちで包み込んだ。

公園の角を曲がって暫くすると、郵便ポストに着いた。
寒さと身重であることが重なって、白い息が口から溢れる。
たった一枚、テンプレートの印刷に加え、唯一メッセージが書き足された年賀状を、私は黙ってポストに投函した。
ふぅ、とまた白い息をはいた。


『お元気で』


高校二年の甘酸っぱい想いも、二十代の青臭い過ちも、今思い返せば全部ほろ苦い思い出として完結させてしまう自分が嫌になる。

彼は知らないし、知るゆえもないのだ。
本当はあの日、私もチョコを持って公園に向かったことを。
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