「今日で最後だから、もう一回だけしよう?」
⚠この純猥談は不倫表現を含みます。
「これで最後だから、もう一回だけしよう?」
こんな関係は良くないからもうやめようと言う彼を、
最後に思い出が欲しいからと何度も何度もお願いして、
今、ようやく道玄坂を歩いている。
私の手には、直前にあった酒屋で買った安いスパークリングワイン。
彼の手には、ケンタッキーの箱。
十二月でもないのにクリスマスみたいな組み合わせなのは、
最後だからパーティーっぽくしようと言う私の提案だった。
いつもの、と言える位には繰り返し利用したラブホの入り口をくぐり、部屋を選ぶ。
エレベーターに乗ると、初めて素面の時に彼からキスをしてくれた。
そんな些細な事がびっくりするくらい嬉しくて、悔しい。
部屋に入ると、備え付けのコップにワインを注いで乾杯する。
安いワインの薄っぺらな美味しさは、今の関係そのものみたいだ。
私たちの関係は、W不倫。
彼も私も既婚者だ。
いわゆる禁断の恋という奴で、もしもその障害が私の気持ちを盛り上げているのだとしたら、いかにも安っぽい。
関係がありきたりなら、出会いもありきたり。
再就職して配属された先の上司が彼だった。
以前から夫とはすっかり家族そのもので、
お互い異性としては見ておらず、セックスレス。
そんな状態で、上司として仕事をフォローしてくれる彼に惹かれていくのは、
多分時間の問題だったのだと思う。
きっかけは、覚えていない。
毎日顔を合わせて一緒に働いているうちに、彼は私の日常になり、
日に日に心の中で大きな存在となり、そして、気付いたら恋に落ちていた。
片思いをして、毎日に張り合いが出た。
会社に行くのが楽しい。
彼に認められたい、褒められたい。
だから仕事を頑張った。
少しでも可愛いと思って欲しくて、外見にも気を使う様になった。
彼も私の頑張りを評価してくれて、一緒に仕事をする時間はどんどん増えた。
仕事仲間として絆は深まり、毎日幸せだった。
だけど一方で、その先を求めている自分がいた。
会社の上司と部下という関係だけでは物足りなくなってきたのだ。
彼に、想いを伝えたい、
そして願わくば、彼にも私を好きだと思って欲しい。
でも、結婚して子供がいる男性に、そして自分も既婚者であるという立場で、
いったいなんて告白すれば良いのだろう。
「既婚者 告白」などというキーワードで何度も検索をした。
出てくるのは占いのサイトばかり。
誰も私の欲しい答えをくれない。
好きで、好きで、苦しくて。
でも今の居心地の良い状態を失いたくもなくて。
そんな日々が一年くらい続いただろうか。
想いを伝えられない事に耐えきれなくなった私は、ついに行動に出た。
幾度も「二人で飲むのは苦手だから」
と断られたサシ呑みの約束をどうにか取り付け、初めて二人で呑んだ帰り。
私は酔いの力を借りて、
とうとう「好きです」と伝えてしまった。
繰り返し頭の中でシミュレーションした告白は、
それでも仕事仲間という居心地のよい関係が壊れてしまうんじゃないかと、恐怖で震えた。
私の言葉を聞いた彼は、心底驚いた様子で、
イエスともノーとも言わず、ただ「ありがとう」と答えてくれた。
そして、そのままホテルに、とは、残念ながらならなかった。
まるで告白はなかったことの様に、二人で並んで駅まで歩いた。
別れ際に、また呑みに行こうねと言ってくれて、関係を失わずに済んだ事にホッとした。
そして、結果はどうあれ好意を伝えられてよかった、そう思った。
その日から、彼からの連絡が増えた。
仕事の話ばかりしていたチャットで、たわいもない雑談をするようになった。
これは私を傷付けない為の気遣いに違いないと思おうとするのに、
心のどこかで、もしかしたら彼も私の事を好きなのかもしれないと思ってしまう。
やりとりが増え、時々二人で飲みに行くようになった。
これ以上、何を望むと言うのだろう。
好きな人に好きだと伝えて、拒絶もされず、更に仲良くなれたと言うのに。
既婚者同士でこれ以上の事を望むのは間違っている。
今の幸せを大切にするべきじゃないか。
だけど、恋愛は人を貪欲にする。
私は彼に触れたかった。
キスをして、抱き合って、服を脱がせて、それ以上の事がしたかった。
一度それを認めてしまうと、欲望は心の中で膨れ上がった。
もうこれ以上、我慢はできない。限界だ。
いつものように居酒屋で飲んだ帰り、私は行きたいところがあると、彼を強引にホテル街に連れて行った。
ホテルを前にした彼は、告白された時と同じ様にとても驚いた顔をして、
それから苦しそうに「そういうことはしない方がいいと思う」と私に告げた。
私はそれでも、「ここまできて、どうか断らないで欲しい」と食い下がった。
多分、目には涙が滲んでいたと思う。
彼は私を強く抱きしめ、それから、そっとキスをして、言った。
「あなたの事は好きだし、正直、したくて堪らない。
だけど、やっぱり良くないよ」
私は年甲斐もなく、泣いてしまった。
その日はそれ以上一緒に居たくなくて、初めて別々に駅まで帰った。
どんな気まずい状況であっても、彼とは毎日会社で顔を合わせる。
そして良くも悪くも日常は関係を修復しがちだ。
結局さほど時をおかずに、また元の状態に戻ってしまった。
一度体当たりして駄目だった気安さからか、
私は大胆になり、頻繁に「思い出が欲しい」「一度だけ抱いて欲しい」という言葉を重ねてしまう。
その言葉に、彼がどう思っていたのかはわからない。
だけど、ある日ついに彼から質問される。
「本当に一度だけする?」と。
結婚以来始めて来たラブホテルは、久しぶりすぎてお互いどう振る舞っていいか分からず、ぎこちなくベッドに並んで腰掛ける。
ここまできて往生際悪く仕事の話などし始める彼の唇をキスで塞ぎ、
私は頬に首にと、彼に触れていく。
観念した彼は私を押し倒し、服を脱がす。
そのぎこちない手つきが、なんだか愛しい。
だけどそんな事を感じる余裕があったのはそこまでで、彼の唇が私の身体に触れていく度に、頭が真っ白になっていく。
胸の先端を舐められ、軽く噛まれ、そして下に降りていく。
僅かに残る意識で、私は一年以上前にした夫とのセックスを思い出す。
寝巻きのまま下だけ脱がされ、キスも愛撫もなく行われた、ただのピストン運動の事を。
ようやく彼のものが挿入ってきた時、セックスは排泄行為ではなくコミュニケーションであった事を思い出した。
果てた後、裸で抱き合いながら、私は彼に聞く。
「本当に、二度としないの?」
「一回だけって約束だから」
自分から頼んでおいて、ずるいと思ってしまう。
こんな快感を知ってしまったら、私の身体はもう前には戻れない。
その日から、最後の一回が始まった。
私は何回も彼に懇願し、そしてこれで最後だからと、身体を重ねる。
無理やりお願いを聞いてもらう時の彼は本当に苦しそうで、
本当にこれで終わりにしなければといつも思う。
今夜こそ、最後になるだろうか。
泡の消えてきたスパークリングワインの残りを飲み干すと、
私はゆっくり彼に口付ける。