「私、結婚するかも」
⚠この純猥談は浮気表現を含みます。
「私、結婚するかも」

4,5年ほど前から穏やかにセフレ関係にある彼女と2週間ぶりに顔を合わせた。驚きすぎると声が出ないというのはどうやら本当らしい。生ぬるい風が窓から入ってくる。結婚。あまりにも非現実的な単語だった。

「先週2年記念だったんだけど、その時に」

彼女は淡々とプロポーズされた時の話をしてくれた。相手は仕事で知り合った人で、一回り年上で、経済力があって、誠実な人なんだそうだ。記念日に小洒落たレストランに誘われて指輪と花を渡されたらしい。そんなのロマンティックでファンタジーすぎる。俺は口をぽっかり開けてロマンスとは程遠い表情をしながら聞いていた。だって。そんな。

「おまえ彼氏いたの?」

自分でも驚くほど素っ頓狂な声が出た。何も知らなかった。そんな素振りは一度も見せたことはなかった。連絡をすればすぐに返事がきたし、会おうと言えばいつでも会えた。出会ってからずっと他にセフレがいる可能性さえ考えなかった。つまり俺は彼女がロマンティック野郎にも抱かれていることを知らずにこの2年間ずっと腰を振っていたということか。なんて馬鹿げた話だ。俺だけじゃなかったのかよ。なんだか急に彼女がすごく不潔なような気がしてきた。元々綺麗な関係ではないのだけれど、それでもすごく気持ち悪いと思った。知らぬ間に浮気相手にされていたなんてたまったもんじゃない。

しばらく沈黙が続いたあと、彼女は言った。

「だからもうここには来ない」

そりゃそうだ、と思った。こっちとしても浮気相手から不倫相手に昇格するのは御免だ。

彼女が麦茶を飲んだ。コップが汗をかいているから机がびしょびしょになっている。俺は全く汗をかいていないというのに、なんてことを考えていたら生ぬるい風が彼女の短い髪を撫でた。彼女は少し乱れた髪を左手で右耳にかける。どの指にも指輪ははまっていなかった。

彼女は風が入ってきた窓のほうを向いている。綺麗なEラインの横顔。こんなに長く関係をもっていたのに彼女が今何を考えているのかわからない。そもそも結婚することをわざわざ報告してきた意図もわからない。逆の立場だったら絶対何も言わないだろう。プロポーズされたその日のうちにあらゆるSNSをブロックし、着信拒否をして二度と連絡が来ないようにする。この関係を無かったことにしてしまうだろう。セフレの終わりなんてそれが正解なようにも思う。それなのに、何故。

不意に彼女と目が合い、あ、と、思った。それが合図だった。

次の瞬間、俺たちはゆっくりと唇を重ねた。ただひたすら、大切に。キスをしながら右手で彼女の頭と首の間を支えると、彼女の右手は俺の服の裾を掴んだ。

彼女の身体は折れそうなほど細い。いつも思ってきた。この小さな口は、指は、ロマンティック野郎にも触れてきたのか。この身体はその男にも抱かれていたのか。その男は俺より優しくおまえを抱くのか。この細い身体でこの先その男の子供を産むのか。俺の知らないところで、俺の知らない男と、一生を添い遂げるのか。俺のほうが前からこうしておまえを抱いているのに。そんなことがいくつも頭に浮かんでは消えていく。そしてそれに答えるかのように彼女の目から一筋の涙がこぼれた。



俺たちは一晩中抱き合った。
汗か涙か他のものか、なんだかわからない体液まみれになりながらお互いの形を確かめ合った。今までで一番丁寧で、荒々しくて、冷静な行為だった。



翌朝、彼女は部屋を出ていった。
俺は疲れて寝たフリをしていた。もしかすると起きていることに気がついていたかもしれない。それでも声をかけてこなかったということはそういうことだ。一瞬見えた手には小さな石がついた見慣れない指輪があった。

それからしばらくして顔を洗おうと洗面台に向かうと歯ブラシが一本消えていた。よく来るから、と俺が言って置くことを促したものだった。化粧品も着替えも、部屋に置いていたものは全てなくなっていた。まるではじめから何も置いていなかったかのようだ。

ピコン、と通知が鳴った。

誰からのメッセージかは見なくてもわかっていた。だからすぐには既読にしなかった。たぶん本当は、見るのが怖かったのだと思う。もしかすると、なんて淡い期待を寄せてしまう自分がいて怖かったのだ。いや、待て。あんな二股女に今更何の期待をするんだ。本命が居ながら俺と寝るようなビッチだぞ。そんな女のことを俺が気にしてやる必要なんてあるのか。
勢いに任せてメッセージを開いた。



『ずっと好きだった。』



昨夜の俺にそれが言えていたら、
彼女はこれからも隣にいて、
いつか俺が買った指輪をはめてくれたのだろうか。

それとも全ては遅すぎただろうか。
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