あぁ、友達でも良いじゃないか、彼の近くに居られるなら。
彼に会う夜は、だいたい綺麗に晴れた満月の夜だ。
誘いは基本私から。彼も彼で「今から行くね」なんて言って、ものの10分で私を迎えに来る。
会う時間は違っても、行く先は同じホテル。
初めてこうなってしまった夜もぽっかりと満月が浮いてた気がする。


高校の同級生だった彼を、私はずっと好きだった。
ひょろりと背が高い、目を細めて無邪気に優しく笑う彼が好きだった。

3年生の秋、彼が長く付き合った彼女と別れた。
私もその時付き合っている人はいなかった。

秋の終わりから、LINEやら学校の廊下やらで言葉を交わすようになった。
好きな音楽、好きな漫画、何でも趣味が合って、素直に彼と話す時間は楽しかったし、恋に身を焦がす感覚が愛おしかった。


卒業してから互いに違う企業に就職したが、地元に残っていたので細々と連絡を取り合い、偶に思い出したように食事に行く。
彼が車の免許を取ったから何処でも私を助手席に乗せて連れて行ってくれた。
仕事の後、夜に会う事が多かったけれど、色っぽい事は無かった。

私も居心地の良い関係を壊したくなくて必死に想いを殺した。
あぁ、友達でも良いじゃないか、彼の近くに居られるなら。
と、思っていたのに。

偶然一緒に夕食を食べた帰りの車の中でおもむろに彼が言ったひとことが、私たちを変えた。

「俺、日付超えたら誕生日なんだよね。一緒にお酒飲んでよ」

お酒を飲んでしまえば彼は運転出来ない。
つまり、朝まで一緒にいれるということ。

翌日に休みを入れた自分を抱き締めてやりたかった。
浮かれて夜のスーパーでアルコールを買って、彼の家に行った。
その時は、別に何かあってもなくてもどちらでも良かったし、彼は実家暮らしだったから流石に何もないだろうと思っていた。


誕生日祝いのお酒を飲んで、ほろ酔いの私達は気分良く語り合った。
互いの高校生活を懐古し、それを肴に飲んだ。

すると、彼が眠気を訴え、寝ようと言い出し、じゃれ合いながら、あっという間に同じベッドに2人並んで寝転んだ。

酒が回った互いの少し早い心音しか聞こえない暗い部屋で、唯一薄い月明かりだけが相手の輪郭を辿る手掛かりだった。
ふわりと後頭部にまわされた手が、私の顔を彼の薄い様でしっかりとした胸板に押し付けた。
否が応でも聞こえる息遣いと、接近した事で彼の昂りがわかり、思わず赤面した。

雲が流れて、月が顔を出す。
しっかりと互いを見詰める熱い瞳が、腰にもまわされた手が、唇をなぞる親指が、変わってしまうよ、と囁いた。

「眠いんじゃないの?」
「…いや?」

「…嫌だったら、やめるの?」
「…んー、ごめん」

止められない。そう呟いた彼に唇に噛み付かれた。
吐息の間で乞うように名前を呼ばれて、思わず涙が一筋流れた。

あぁ嬉しい。彼が私を抱くのだ。

これから先、永遠に忘れなければいい。
成人とともに抱いた女を。

彼は特別上手な訳ではなかったけれど、すごくすごく優しかった。
キス、労わるように頭を撫でる手、その全てから彼を感じて泣いた。
何度も何度も果てたし、彼が持っていた避妊具が無くなる頃には、空が白み始めていた。

朝、私を送り届ける車の中の私達は、夜に見た獣のような姿はなりを潜め、いつもの異性の友人同士に戻っていた。
好きだと伝えることはなかった。
抱かれているだけでも満たされると思い込んでいた。
此処が世界で1番居心地の良い場所だとすら思った。


なんて、私は何を勘違いしていたのだろう。
ただのセフレになっただけなのに。

何処でも連れて行ってくれたこの車も同じホテルに向かうだけ。
身体を重ねてしまったタイミングで選ぶべきだったのだろう。

身体を重ねた回数だけが両手で足りなくなる頃に、
付き合うことも、別れることも選ばなかった関係を虚無感が覆うようになった。


そう気づいてしまってからは一転、抱かれる度に胸が痛んだ。
気持ちいいから、と誤魔化して泣きながら彼の腕の中で喘いだ。

なんて浅ましい。
だけど私は苦しんで尚、彼に抱かれたいのだ。

曖昧に途切れてしまうくらいなら、
彼に触れられなくなるくらいなら、
この関係の方が幾分マシだ。

たとえ抱えた想いにいつか潰されていくとしても、そう思う。
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