大切にできなかったあなたへ
20歳の私は最強だった。
なりたい人間を演じて、どこへ足を運んでも受け入れてもらえた。

気の向くままに無計画で行った隣の県の野外フェスで出会った彼は、飄々としたつかみどころのない雰囲気の変なサングラスをした男の人だった。
年齢を聞く前にキスをして、手を繋ぎながらお互いに好きなバンドを一番前で聴いた。

周りに誰も自分を知ってる人がいない世界で、知らない男と手を繋いでる私はやっぱり最強で、最高の夏だった。

連絡先だけ交換した彼とは他県に住んでるのもあって、たまにする深夜の電話だけの関係になった。
決まって深夜の2時から3時。
彼がタバコを吸いながら仕事先から家に帰るまで間の短い電話。

「物知り」「面白い考え方」「同世代と違う」
私がなりたいと思って演じてる女の子を、私として受け入れてくれた。
たくさん褒めてくれた。

でも一方で、自分なんかを褒めてくる彼を大切にしてやれないと思った。
自分を好きな彼は嫌い。そんなめんどくさい20歳だった。


2回目に会う時には、世間はもう冬を迎えていて寒かった。
彼が好きなバンドのライブチケットを取ってくれて一緒に観に行った。

好きな音楽を聴いて、会場の近くで酒を飲み、千鳥足でラブホテルに向かった。

エレベーターに乗りながら「何してるんだろうね」と笑い合い、部屋について二回目のキスをした。
歳上の彼の前でいつも大人ぶっている私は、上手く演じるためのお手本がなくて緊張していた。
余裕たっぷりに、上手になんてできるわけはなく、きっと今の自分が見たら滑稽な姿だっただろう。

ベッドの上で、色んなところをなぞられて自分でも聞いたことのない声が出てどんどん体温が上がる。
「そんな顔するんだね」
今まで体験したことのない気持ちよさの波に戸惑っている私の顔を嬉しそうに見ながら、さらに波を激しくする。

「好きだよ」

彼の愛が苦しいことに、その時気づいた。
私は、いつのまにかあなたの前で取り繕うことができなくなっていた。
好きと言われて嬉しいはずなのに、私がなりたい私は彼を好きにならない。

結局、ありのままの私を彼が好きになってくれるはずがないという気持ちが強くて、離れる選択をした。

怖かった。
あのままでは本当の私がこぼれ出てしまいそうで。
それに失望する彼を見たくなくて。


あれから3年が経って、私は社会人になった。
地元に戻った私は、知っている人に囲まれた無力な存在になった。
最強な私は、ここにはもういない。

辛いことの多い日々の中で、よく昔のことを思い出す。
なりたい私を演じていた日々と、その私を好きになってくれた彼を。


彼が私を大切にしてくれた記憶を糧にして、私は生きながらえています。
今、私は独りです。
あなたは元気にしていますか?
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