最初からこういう関係がお似合いだったってことよ
⚠この純猥談は浮気表現を含みます。
「最初っからこういう関係がお似合いだったってことよ。」

バイト先のクズで有名な先輩が、セフレから昇格した彼女が重くてまだセフレに戻った、と言っていた。
ただしんどいだけじゃんね、と先輩が耳打ちしてくるのにわたしはわざとらしく大きく頷いた。

普通の恋人たちはある程度の期間付き合って、一緒に住み始めてしばらくするとセックスすることがなくなったとか、
異性として見れなくなったとか言うけれど、わたしたちは逆だった。

セックスだけを残してそれ以外がまるっとなくなった。
デートも外食も、いっしょにソファで映画を観たりすることもなくなった。

仕事が終わったらそれぞれご飯を食べて、家に行く。
30分くらい無言でテレビを観たあとは、自然な流れでベッドに入りセックスをする。

お風呂に入って、すぐに眠って、朝はそれぞれの出勤時間に合わせてバラバラに家を出た。

そんな関係が半年くらい続いた頃だったと思う。
セフレの家に泊まった日、昼過ぎに起きてランチを食べに外に出た。
映画を観て、欲しいと言っていたサボテンを探しに行った。

「このまま今日も泊まる?」
「うん、そうする」

恋人といるときより恋人っぽいことをしてる、と思った。
だったら、恋人なんて名前はいらないんじゃないか、と思った。



「わたしたちさ、セフレになるのはどう?」
思ったよりすんなり言葉にできた。

「え?」
「やってることは変わらないし、なのに恋人がいるって縛りだけつけられるのも面倒でしょ。」
「セフレなら今までとすることは同じままで、遊び放題だしデメリットはほぼないと思うんだけど。」
「好きな人できた?」
「ううん。」
「できたでしょ?」
「ううん。」
「絶対嘘だよ。すること一緒なら彼氏のまま彼女のままでいいじゃん。俺は一緒にいたいって思ってるよ。」
「そうじゃなくて。ほぼセフレみたいなことしかしてないのに、恋人って名前がついてるからいずれは結婚したりするのかなって考えたりとか、記念日の度にプロポーズされたりするのかなってうっすら期待したりとか、するのが、しんどい。」

自分でも想定していなかった言葉がポロポロと溢れた。
そうか、わたしは彼女でいるのをやめたかったわけじゃなくて、
自分だけ生き急いでるみたいで恥ずかしい彼女でいるのが嫌でやめたかったんだ。

「そんな、いや、ちょっと頭冷やすわ」

いずれは結婚も考えてるよ、とは言わなかった。
終電もなくて、ふたり同じベッドで眠った。
朝起きるとまぶたはパンパンで、涙が止まらないうちに眠ったせいで目やにもすごかった。
仕事中に連続でラインの通知が来た。

きっと言いたいことをメモに一回打ち込んでからコピーしたんだろう。
全部読んでも結論と言えるような核心を突く言葉はなかったけど最後に、君がお互いのためにはそれが最善だと思うならそうしよう、と書いてあった。

少しのプライドが邪魔して、やっぱりこのままでいよう、とは言えなかった。
ましてや、やっぱり一緒にいたいから考え直して、なんて言われてもないこの状況では。

午後休を取って、50分電車に乗って、朝までいた部屋の鍵を開けた。
歯ブラシと、メイク落としと、化粧水と乳液、タオル地の部屋着と、生理用品を紙袋に詰めた。
案外、容易に持って帰れるサイズの袋に収まってしまって3年間なんて所詮こんなものかと思った。
昨日の涙で表面がガビガビに固まった枕は捨てた。



今でも週に1回は会いに行っている。接し方も変わらないし、むしろ前よりもくだらないことを話す機会が増えた。
変化と言えば、セックスの最中に名前を呼んで好きだよとか愛してるとか言わなくなった。
でもほんとにそれくらい。

それからしばらくして、洗面台の戸棚に、使用済みのトラベル用の歯ブラシがひとつ置かれていた。
1回抱いた女の歯ブラシなら替えなんていくらでもあるんだから捨てればいいのに丁寧に取ってある。
わたしもまだ付き合う前に言われたことがある。

「歯ブラシこないだの置いてあるよ?」

きっと幸せにしたい子なんだろう。

入居者本人か不動産屋さんの承認無しではコピーができない仕様になっている合鍵を初めてポストに入れた。
恋人という名前を失ったわたしが、2つしかない鍵のひとつを持っている権利はないと思った。

わたしたち最初からこういう関係がお似合いだったんだろう。
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