彼は思ってないことを口にするのが上手だった。
ガタンゴトン、と電車が走る音で目が覚めた。
と同時に、ここが自分の家ではないと気づいた。

昨晩のアルコールに侵された脳を起こし、涙のせいで熱く腫れた目を開け、視線を横にやると、彼がいた。

一定のリズムを刻むのは可愛い寝息ではなく、完全にいびきであり、口は半分開いていた。それらと対照的に、掛け布団から完全に出てしまっている、女のような滑らかな曲線を描く身体を見て、アンバランスさに思わず笑いがこぼれる。

彼との最後の朝だ。
元々何も始まってないから、『最後』なんて言うのもおかしな話かもしれないが。


彼との曖昧な関係が始まったのは、丁度3ヶ月ほど前である。

東京で働く彼と、そこから新幹線で3時間近く揺られた先の田舎の女子大生の私。出会いは、共通の趣味なんていう言葉を置いて割愛するが、そこそこに相性は良かった、と思う。自惚れでは無いはずだ。

会うのは月に一度。電話は週に3回あるかないか。
「おはよう」から始まり「また明日」で終わるLINEは、毎日無駄に、無意味に、続いていた。

彼と会う時は決まって、私が先に着いた。
少し遅刻して来る彼からは、決まって煙草とシャンプーフローラルの香りがした。

遅刻してきた癖に、「行くよ。」なんて、前を行く彼の、そんな所が酷く心地良かった。

「海月を探しに行こう」という、彼のロマンチックな一言から始まり、水族館、横浜、夜の海、イルミネーションなんて、馬鹿みたいに恋人みたいな場所に行った。『馬鹿みたい』と言うのは、堪らなく、定番、鉄板過ぎて、逆に作りものみたいという意味である。

まぁ事実として、それらの場所で目に入れて、私達二人の美しさへの感性を刺激するのは全て『人工物』。作りものであったのだから、作りものみたいな二人にはお似合いだったのかもしれない。

さらに進めようとした、深い思考は遮られる。簡単に。
彼の手が、ぬるり、と私の身体に触れるから。

「おはよぉ、ずっと一緒に居てよ、」

だなんて、舌っ足らずに言葉を紡ぎ、暖かく包み込まれる。

あぁ、またか。
彼は思ってないことを口にするのが上手だった。


二人で作りものみたいな遊びをする前から、それはずっとで。
「胡散臭い人だな」と言うのが最初の第一印象というくらいだ。

二人で時を過ごす時の「愛してる」「好き」「見捨てないでね、君しかいないから」なんて言葉は勿論。電話でも、それは変わらず。たまに酔っ払ってかけてくると、同じようにたまらなく胡散臭い言葉を紡ぐ癖に、翌日には忘れている始末である。ここまで聞けば誰もが分かると思うが、彼はどうしようもなく
『本気で好きになっては駄目な人』である。

分かっていた。最初から。全部。
全部嘘だなんてこと。
自分だけじゃないことくらい。

それでも、律儀に片道3時間、往復で3万円なんていう、月のバイト代の3分の1をかけてまで、会いに行く自分の行為の理由なんて。不規則な彼の生活リズムに合わせて、LINEの通知を切らぬまま、携帯を握りしめて、眠る理由なんて。彼と会う日を指折り数える理由なんて。

分かってた。気づかないふりをした。

「馬鹿な大人に触れてみたいだけです」「暇つぶしです」なんて建前の理由を付けて、私は物分り良いんです、他の馬鹿な女とは違うんですって、笑っていた。

そう言うと、彼は嬉しそうに笑うから。
「君は賢いね、大人だね、好きだよ」と頭を撫でるから。
嘘に嘘を塗りつけて、笑うのだ。一番馬鹿な女は私だったのに。

そんな、このままどう終点を迎えるのかルートが定まらなかった関係は、昨日あっけなく終わりのベルを鳴らしたのだ。


きっかけは単純。
一泊二日の予定だったのだが、私の、

「もう一泊して、それでもう、
一生会わないでおきましょう。」

という言葉からである。
好きなのに何で、自分から終わるようなこと、と思うかもしれない。純粋に、ただもう少し一緒に居たかったのと、段々嘘が濁っていく自分に疲れてしまったんだろう。

あとは、少しの賭け。勝率なんて0だけど。
もしかしたら、永遠の別れとか言ったら、
彼が振り向いてくれるんじゃないか、なんて。

淡い期待は「いいね!とてもロマンチック!」なんていう、エモい馬鹿・ロマンチック馬鹿な彼の言葉で打ち砕かれた。爆速で。

そんなロマンチック馬鹿な男は「素敵な作品ほど、終わりが突然やってくる。続きが気になるくらいにね、分からない?」なんて、最後の別れ、とやらにエモさを感じて、饒舌に語りかけながら、関係の終点までのハンドルを手に取った。

結局私も彼と同じような感性を持っている所為か、やっと開放される安堵感からか、その時間は切なくも楽しかった。

また作りものみたく、イルミネーションなんて見て。チープな居酒屋でビールとハイボールを流し込みながら、もう彼に合わせて、ずっと苦手だったハイボールを飲むことも無くなるのか、なんて、ぼーっとした頭で考えていた。

少し古びれた、いや、言葉を選べば雰囲気のある、ラブホテルに逃げるように入った。602が私達二人の最後の部屋だった。


私、馬鹿じゃないから。分かってたの。

他の女から来てた、LINE見ちゃったの。
「だれ?」なんて、軽い声で聞いたら「男だよ」なんて、バレバレの嘘ついて。「男が「声聞きたいな!」なんていう?」って問うと、直ぐに女子大生だよ、って言われた。

なにそれ、女子大生って。卑猥。最低。
あ、そういえば、私も女子大生だね。馬鹿だなぁ。

社会人7年目の煙草が良く似合う大人の彼が、私みたいな子どもを相手にするのは、女子大生ブランドがあるからだと思ってた。

違うね。そんなのの変わりはいくらでもいたんだね。知ってたはずなのに、最後まで物分りのいい自分で別れたかったのに。

シーツをぽたぽた。と染める染みは大きくなるばかり。
大人とは程遠い、酷く滑稽な言葉を彼に投げつける。
ごめんね。全部私のせい。好きになった私のせい。

今日が終われば、瞳を閉じたら、全部忘れよう。
明日は彼より早く起きて、熱いシャワーを浴びて、
彼が大好きな大人の私で、お別れをしよう。

最後の抵抗。平均三日で消える薔薇の花。
一つずつ、丁寧に彼の白い首に咲かしていく。
あなたを縛れなかった、私の最後の抵抗。
首輪のような赤い薔薇。

「ほら、見て。完璧でしょ。」
と、会社に行く準備をして、スーツのネクタイを締めながら、彼が首元を見せてきた。私が付けた鬱血痕は華麗にワイシャツの襟とネクタイによって、隠されている。

「私が完璧なんだよ」と笑って、口付けをした。

ちゃんと笑えている。良かった。
これが最後のキスかもしれないから。

ホテルを出た。フロントのおばさんが当たり障りなく言う、
「またご利用下さいね」に胸がぎゅっと掴まれるようだ。

吉澤嘉代子の『残ってる』を歌うロマンチック星人の横を歩きながら、同じ駅の改札に入る。あんなに繋がれてた手は、一度も触れることすらない。

私は東京駅に向かうから、上りで、彼は一駅だけ下ると言ったから、一駅分だけ付き合ってあげた。改札へと向かう彼と、プラットホームに向かう私。

「またね」
と言った彼の言葉を遮るように出た
「さよなら」

決して振り返るなんてことはせず、電車に乗り込んだ。
電車は、さよならをした駅からゆっくり一駅ずつ遠くなっていく。私を乗せて。

「終点、終点ーーーーー。」

駅員のアナウンスで、ぞろぞろと人が降りていく。
少しだけ待って、私も降りた。終点駅の改札を出たら悲しいけれど、終わりにしよう。きりがないから。

元気でいてね。

結局私は、彼を恨みきれないし、酷いことなんてしてやる義理もない。最低で素敵過ぎる彼と、その思い出を、こうやって言葉に残すしかないのだ。
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