「好き」と「したい」は違う。
「好き」と「したい」は違う。

2年前、ものすごく好きだった彼氏と別れて、
私は恋愛をしばらく止めることにした。

けれど自然と出てくる性欲には勝てず、月に一回会って遊んで抱いてくれる人にぶつけていた。

大学も地元も違う私たちがお互いを知ったのはティンダーだ。当然この関係は大学の友達も高校の仲良しも知らない。大学以外に話し相手を探していた私にとってそのセフレは、下ネタも愚痴も受けとめてくれる貴重な存在だった。

鷲鼻で、色白で、笑うと目が細くなる。
骨張った手足は、高校の時かなり本格的にサッカーで鍛えたらしい。関西の訛りがちょっと入っている。小さな事でもよく笑い、ヘラヘラ笑い、天性の明るさとコミュ力で人生を楽に生きてきたタイプだ。分からないことは「知らねー」と言い、真面目は話は耳を塞ぐ。
詳しく聞いた事は無いがモテることは容易に想像出来た。きっとこの人も私を彼女にしたいとは思っていない。

私たちはお互いをねぇ、とかあのさぁとかで呼び合った。2回目のデートの後ラブホテルに入る時も彼は、笑いながら「ねぇ、入る?」とだけ言った。

私達は身体の相性が良かった。
当時他にもセフレはいたが、彼との想像以上の相性の良さにハマってしまい、それから彼だけがセフレになった。

会うのは月に一回、誘うのはいつも私からだった。
LINEも会う日にちを決めるだけの短いやり取りのみ。どんなに寝ても、馬があっても、
気が許せても、私は彼を彼氏にはしたくなかった。

なんとなくだがそれを彼も気づいていて、私の普段のことに余計に詮索したりしてこなかった。
お互いに肝心な部分には触れず、バイトが面倒だのんな友達とつるんでいるのかなど、ありふれた話題だけを選んで会話を続けた。

確実に、ボーダーラインが私達の間にはあって、
それを片目でチェックしながらキスや行為をしていた。


その日は、いつもに増して深酒をして、普段は酒も強い私達も立っていられないほどフラフラに酔っていた。金曜日の夜の新宿のラブホテルは、勿論どこも空いてなくて、私達は空室を探して10軒以上渡り歩いて、ようやく1泊3万円のバカ高いスイートルームに辿り着いた。

ふかふかのベッドに屋外露天風呂付きの部屋。
新宿にいるとは思えない非日常感に酔いしれて、
私達はゲラゲラ笑いながらベッドになだれ込む。
少しうたた寝をしたあと彼の腕が伸びてきて、
いつもより雑に胸を揉まれる。
その日の彼は、少し違った。

「ねぇどんな人が好き?」
と彼が急に真面目な顔で言う。
「何急にシリアスな感じじゃん。」
と返すと、すかさず
「どんな人を好きになるの?」と聞いてくる。

私は彼に背を向けて、えーどうだろう。
イケメンかなぁと、適当に答える。
答えながら、思い浮かべていたのは元彼の顔だった。

「あとよく笑う人かな」
「元彼はどんな人だったん?」

まるで私の脳味噌を透かして見たような質問に動揺して聞き返す。

「気になるの?そんなこと」
「気にならない事もない。あと、今俺以外にこういうことをする人がいるのかも、ちょっと気にならない事もないな。」

私は、この美青年が私のことを思ったより気にしていることに満足感を得ながら笑ってごまかす。

「元彼との体の相性ってどうだった?」
「まぁまぁかな、君ほどじゃないよ」

そう返すと、彼は急に荒々しく私の腰を掴んだ。
あっという間に服を脱がされてあられもない姿になった私の下半身を、爪先の方からゆっくりと彼の舌が愛撫してくる。私はうっとりを目を閉じて彼の舌の感触だけを感じていた。いよいよ私のフィールドに彼の舌がピッチインしようとする時、急に彼が止まった。

「目を閉じて、元彼の顔思い浮かべて」
「えぇ、なんで」
とうろたえながら、私はドキドキしていた。

「イク時に、俺じゃない人のこと考えてるでしょ」

驚いて思わず彼の眼を見る。
長い睫毛に守られて、寂しそうな目が無理やり笑おうとして細くなっている。彼が続けて言う。

「だから、今は元彼でも誰でも良いからその人のことを考えて。」
でも、と言いかける私を彼が制止する。
「そっちの方がエロいし。」
なんだそれ、変態じゃん、と笑う私に彼は、そうかもな、と言ってニヤリと笑う。

彼の舌がゆっくり丁寧に溝に押し込まれていく。
きっとこの美青年は、こうやって寂しさを紛らわしたことがあるのだな。
そう思うと、今誰よりもこの人が私のことを分かってくれている気がしてたまらなく嬉しかった。

肌の温かさ、前戯の順番、優しくかけられる言葉。何一つ同じではないのに、私はその晩泣きながら彼の腕に抱かれていた。

この人がずっと一緒にいてくれたら、自分らしくいられる気がする。

セフレが、こんなにも不自由な関係だと思ったのはこの時が初めてだった。


私達が会わなくなって2年ほどになる。

彼の下の名前も忘れてしまったが、
あの優しさは今でも鮮明に覚えている。
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