「好きな子ができた。」たった1行で、"ヒロイン"の私は脇役に戻った。
サークルの飲み会。
うるさい女子たちとカシスオレンジ。
就活中で似合わないスーツを着た先輩たち。
みんな、ちゃんとそれぞれ人生の主人公をしているようだった。
充実していて、恋をしていて、大学をたまにサボって。
"青春"とは名ばかりで、何かに本気になるなんて、誰も望んでいないようだった。


端っこでスマホを開いて、キラキラしたストーリーを流し見するだけの私。
私だけが“登場人物B”だ。
大学にも安い酒にも慣れて、つまらない毎日を過ごすだけの脇役。
虚しさを掻き消すために平日限定190円の生ビールを一気飲みする。


ただ時間が過ぎるのを待つ私に、隣にいた先輩が耳打ちしてくる。

「ここ、出よ」

先輩と私はいわゆるセフレで、予定が合えばデートもする関係だった。
私は彼が好きだった。初めて抱かれた日に彼を好きになった。
浅はかな20歳の私は、彼も同じ気持ちでいてくれて、私だけは特別だと思っていた。
彼の中の私は“ヒロイン”だと信じてやまなかったのだ。
彼といるときだけは、私も主人公になった気分でいられた。


店を二人で出て、コンビニで安いお酒と柿ピーをカゴに入れる。
いつも買う5個入りのコンドームはカゴには無かった。

いつもの安いホテルで欲を満たす二人。
彼が最中に目をつぶっていることには気づかないフリをした。
前に買ったコンドームの残りを使い切った後、二人でお風呂に入った。

チェックアウトまであと30分。
長い沈黙を破るように彼は煙草を咥える。

「大事な話なんやけどさ」

ぽつりと話し始めた彼は言葉を詰まらせる。
“彼からの告白”の期待を募らせて、次の言葉を待つ。

「好きな子ができて」

言葉を失った。
一気に引き戻される。
そうだ、私はただの脇役だったんだ。

「やから、もうこの関係は終わりにしたい」

吸いかけの煙草は灰皿でじりじりと灰になっていく。
涙で滲んだ“失恋”と言う文字と、微かな煙草の香りだけが私に残る。

「うまくいくといいね」

目次にもあとがきにも載らない、“登場人物B”の最初で最後の大胆な反抗。
着たばかりのシャツを掴み彼の唇にキスをして押し倒した。


“大事な話”をする先輩の目は、私だけを真っ直ぐ見つめていた。

やっと私だけに向けられた言葉が、セフレ解消の申し出。
今までにくれたどんな甘い言葉よりも、昨晩の優しいキスよりも、素直で正直で真剣だった。

先輩と一緒なら、スマホの画面の中みたいな、キラキラした毎日を送れた私。
今となってはもう、彼のストーリーには登場しない私。

ヒロインになれなかった私は、それをただ受け入れることしか許されなかった。
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