私のために煙草をやめてくれてたあなたは、もういないんだね
「最近、煙草やめたんだよね」

初めてのデートの終盤だった。
居酒屋で、可愛こぶって頼んだカルピスサワーを飲む私の隣で彼は言った。

「そうなの?私、お父さんヘビースモーカーだから、あんまり男の人が煙草吸ってるの気にしないけどなぁ」
私がほろ苦いジュースを一口飲みながら言うと、彼は困ったように笑った。
「揺らぐじゃん。アコちゃんが嫌だと思ってやめてんのに」


大学のサークルの同期だった。
とりわけ仲がいい訳でもない、かと言って悪い訳でもない、そういう距離感だった。

夏の終わり頃、しきりに「彼女が欲しい」と周囲に漏らす彼を、仲のいいグループの子達は「また言ってる」「さっさと作れよ」とからかって取り合わなかったが、なんとなく切実で寂しげなその言葉を聞く度に「優しいんだから大丈夫だよ」「すぐできるって」「どういう子がいいの?」と私は励ましたり質問したりした。

「私じゃだめ?」と喉の奥まで出かかったのを、何度か知らないフリをした。
ただ世話を焼いているだけだと思い込んた。
私はおせっかい焼きの前に、天邪鬼だった。


「俺なんかに優しくしてくれるのは、アコちゃんだけだよ」
11月の末、ちょうど私の誕生日にあったサークルの飲み会で、店を2人で抜け出してそう告げられた。
「酒の力でも借りなきゃこんなこと言えないけど、それでも好きなのは本当なんだ」
彼は私を抱きすくめて、そう打ち明けてくれた。
「熱を上げて応援してる人がいるけど、それでもいいの?」
私は恐る恐る聞いた。
「それでもいい、そういう所も好きだから」

「誰かに親切をしてあげるのなんて、誰にだってできるんだよ」
酩酊する頭の中で冷静に彼にそう告げながらも、私はぼろぼろ泣きながらぎゅっと彼を抱き締めていた。
男の人に好きと言われたのは、両想いになるのは、はじめてだったのだ。


それから3回ほど二人で出かけた。
話題の映画を見たり、クリスマスにイルミネーションを見に彼とドライブしたり、当たり障りのないカップルだった。
でもデートのプランを提案するのも、スキンシップを取ろうとするのも、いつも私だった。


「シャイだから、遠慮しちゃうんだ」
「酔ってたら別なんだけど」
はにかむ彼は惚れた弱みで可愛らしく見えたけれど、愛のかたちを示してくれないのはとても寂しかった。
君は私を本当はどう思っているの?と言いたくなった。


一度だけだがセックスもした。
相手の熱に触れて、自分の熱を暴かれる。
初めてのそれは蜂蜜のように甘く粘って、気持ち良くて、どきどきするのには十分だった。
それと同時に自分の想像よりもどこかあっさりしていて、
「終電だから」と身支度を整える彼の背中を見つめながら、
「あぁ、こんなもんなのか」と、胸の中で風船が萎んだような気がした。


「突然でごめん。別れよう」

彼から連絡が来たのは、偶然にも大好きなアイドルの卒業公演が世情の影響で中止になると伝えられて、大泣きしていたその夜だった。
「いいよ。今までありがとう」
彼を好きになる前から逆上せるように応援していた人との呆気ない別れに、心のどこかが壊れた私はそう返事をした。
前から予感はしていたのだ。

後からじわじわ寂しくなって長ったらしく言い訳をしたら、直接会って話そうということになった。

共通の友人から聞いた話によると、彼は「ずいぶん趣味に熱を上げてるみたいで、距離が遠く感じて、冷めた」と語っていたらしい。
それでもいい、と言ったのは君なのに。
距離が遠いのなら、詰めてくれればよかったのに。
恋は人を身勝手にするみたいだ、と二十歳の私は学んだ。


「…ごめん、煙草吸ってきていい?」

カフェに着くなり彼がそう言った。どうぞ、と言うと足早に喫煙室へ向かっていく。
私のために煙草を我慢してくれてたあなたは、もういないんだね。

どこかでやり直せないかな、と淡い期待を寄せていた私は、その一言で彼には未練がないことを悟って、そっとため息をついた。
きっと煙と一緒に、私への気持ちはもう吐き出しきってしまったのだ。
だから私も吐き出してやりたくて、何度か深呼吸をした。
できっこないと分かってても、彼が戻ってくるまで、した。

「ほんとうは他に好きな子ができたんだ」と白状する君の声は、シガレットの苦味をたっぷり含んで、どこか申し訳なさそうな響きだった。


ひとりの部屋で、大好きだったアイドルの写真を見ながら、お酒を飲む。
本当はこの位強くて甘いのが好きなのだ。
可愛こぶる必要も無いから、ぐっとグラスをあおって甘くて苦い果実酒を飲み干した。


ハルくん、新しい恋の進展はいかがですか?
もしかして叶ったりしてますか?
私は未だに、あの君の恋敵を好きでいますよ。


あ、最後に大事なことをひとつ。
煙草吸いすぎんなよ、バカヤロー。
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