キスマークなんかよりずっと残る印をつけた
「俺、ピアス開けたいんですけどお願いできますか?」
ある日突然来た彼からのメッセージ。
私の両耳には合わせて9つのピアスホールがある。
そのうち6つを自分で開けているのを知っているからだろうなと思いつつ、
「いいよ〜道具は教えるから自分で準備しておいてね〜」と軽く返した。
「彼」というのは大学のサークルの後輩だ。
元々顔がタイプで、話しかけてみたら趣味や価値観が似ていることがわかりトントン拍子で仲良くなった。好きになるのは時間の問題で、自覚した頃には相当気持ちは強くなっていた。
2人で出かけるのもザラだし、このまま距離を詰めたら付き合えるかな〜と思っていた矢先、彼からサークル内でしている片想いの恋愛相談をされた。彼の意中の女性には恋人がいたのだ。それでも諦められない彼の話を3時間にわたって延々と聞くことになった。
晴天の霹靂とはまさにこのこと。でもひたすら彼に寄り添った。ショックだったけどそうする他なかった。お酒は飲んでないのに、その日どうやって帰ったかも曖昧で、手足が冷たくて頭がぼんやりしていたことと、温かいものをとりたくて自販機で買ったおしるこの甘ったるさだけ妙に覚えている。
「マユさん以外には相談できません」「マユさん、あまり人と仲良くなりづらい俺でもほんと喋りやすくて」その言葉通り、私以外誰も知らない彼の片想い。
幾度となく言われる「いつもありがとうございます…マユさんのおかげでだいぶ楽になりました」
これらの言葉に私は喜び、苦しめられた。彼の一番親しい異性でいられるならなんでも良い。たとえ彼が私の気持ちに気づいてこの仕打ちだとしても、このまま優しくし続けて彼が弱りきった時に浸け込めばこっちを向いてくれるのではないか。私は片想いの泥沼にはまっていった。
しかし、彼は略奪愛に成功し、片思いを叶えた。
彼に踏み込む勇気もなにもなかった私は横でそれを眺めて祝うことしかできなかった。悔しくて悲しくてバカだなぁってしばらく泣いて過ごした。それくらいに彼のことが好きだった。たかが片想いなのに。
彼が片想いを叶えて1ヶ月半が経った頃だったか、ピアスを開ける日がやってきた。徒歩10分弱の彼の下宿へ向かう。
手を洗い消毒をして、彼に開けたい位置に印をつけてもらう。
トラガスとこめかみの中間位置に黒子があった。彼のことを至近距離で凝視できるこの時間が嬉しくて切なかった。私が彼の恋人なら、別にピアッシングなんて用事がなくても彼を見て彼に触れられるのに。
消毒をしようと耳に触れると彼はくすぐったそうにした。耳が弱いらしい、少し赤くなっている。ちょっとだけからかって、いよいよピアッシングに移る。
「いくよ」と声をかけると彼の体に力が入るのがわかった。力まなくてもいいのに。そんなところまでがかわいく思えてしまう。
鋭いニードルをマーキングにあてがえば即座に鮮やかな血がぷっくり広がる。後ろに消しゴムを当て、今一度角度を確かめてから力を込めてニードルを進めていく。彼の耳たぶは薄くてすぐに貫通した。分厚かったり、ゆっくりしたら痛いよね。よかったね。手早くファーストピアスを取り付け、彼の耳に付着した血をピアスに触れないようにそーっと拭った。
「終わったよ」と声をかけると、「思ったより痛くないですね」とはにかんでいた。
恋人がつけるキスマークなんかよりずっとずっと残る印を私の手で彼につけたのだ。彼は私がこんな気持ちでピアッシングをしたなんて、微塵も思っていないだろう。我ながら気味が悪い具合で情念がこもっている。
彼の耳のつけたての金属が鈍く光を反射している。それを確かめて、満足したような虚しいような複雑な気持ちで玄関を出た。彼にとってはきっと「ピアスを開けてもらった」以上の意味合いはないのだろうな、とどこか虚しくなった。所詮片想いなんて、片方が勝手に振り回されているだけに過ぎない。
その日、見送ってくれる彼を振り返らずに帰った。
私以外誰も知ることがなかった私の片想いと一緒に。
ある日突然来た彼からのメッセージ。
私の両耳には合わせて9つのピアスホールがある。
そのうち6つを自分で開けているのを知っているからだろうなと思いつつ、
「いいよ〜道具は教えるから自分で準備しておいてね〜」と軽く返した。
「彼」というのは大学のサークルの後輩だ。
元々顔がタイプで、話しかけてみたら趣味や価値観が似ていることがわかりトントン拍子で仲良くなった。好きになるのは時間の問題で、自覚した頃には相当気持ちは強くなっていた。
2人で出かけるのもザラだし、このまま距離を詰めたら付き合えるかな〜と思っていた矢先、彼からサークル内でしている片想いの恋愛相談をされた。彼の意中の女性には恋人がいたのだ。それでも諦められない彼の話を3時間にわたって延々と聞くことになった。
晴天の霹靂とはまさにこのこと。でもひたすら彼に寄り添った。ショックだったけどそうする他なかった。お酒は飲んでないのに、その日どうやって帰ったかも曖昧で、手足が冷たくて頭がぼんやりしていたことと、温かいものをとりたくて自販機で買ったおしるこの甘ったるさだけ妙に覚えている。
「マユさん以外には相談できません」「マユさん、あまり人と仲良くなりづらい俺でもほんと喋りやすくて」その言葉通り、私以外誰も知らない彼の片想い。
幾度となく言われる「いつもありがとうございます…マユさんのおかげでだいぶ楽になりました」
これらの言葉に私は喜び、苦しめられた。彼の一番親しい異性でいられるならなんでも良い。たとえ彼が私の気持ちに気づいてこの仕打ちだとしても、このまま優しくし続けて彼が弱りきった時に浸け込めばこっちを向いてくれるのではないか。私は片想いの泥沼にはまっていった。
しかし、彼は略奪愛に成功し、片思いを叶えた。
彼に踏み込む勇気もなにもなかった私は横でそれを眺めて祝うことしかできなかった。悔しくて悲しくてバカだなぁってしばらく泣いて過ごした。それくらいに彼のことが好きだった。たかが片想いなのに。
彼が片想いを叶えて1ヶ月半が経った頃だったか、ピアスを開ける日がやってきた。徒歩10分弱の彼の下宿へ向かう。
手を洗い消毒をして、彼に開けたい位置に印をつけてもらう。
トラガスとこめかみの中間位置に黒子があった。彼のことを至近距離で凝視できるこの時間が嬉しくて切なかった。私が彼の恋人なら、別にピアッシングなんて用事がなくても彼を見て彼に触れられるのに。
消毒をしようと耳に触れると彼はくすぐったそうにした。耳が弱いらしい、少し赤くなっている。ちょっとだけからかって、いよいよピアッシングに移る。
「いくよ」と声をかけると彼の体に力が入るのがわかった。力まなくてもいいのに。そんなところまでがかわいく思えてしまう。
鋭いニードルをマーキングにあてがえば即座に鮮やかな血がぷっくり広がる。後ろに消しゴムを当て、今一度角度を確かめてから力を込めてニードルを進めていく。彼の耳たぶは薄くてすぐに貫通した。分厚かったり、ゆっくりしたら痛いよね。よかったね。手早くファーストピアスを取り付け、彼の耳に付着した血をピアスに触れないようにそーっと拭った。
「終わったよ」と声をかけると、「思ったより痛くないですね」とはにかんでいた。
恋人がつけるキスマークなんかよりずっとずっと残る印を私の手で彼につけたのだ。彼は私がこんな気持ちでピアッシングをしたなんて、微塵も思っていないだろう。我ながら気味が悪い具合で情念がこもっている。
彼の耳のつけたての金属が鈍く光を反射している。それを確かめて、満足したような虚しいような複雑な気持ちで玄関を出た。彼にとってはきっと「ピアスを開けてもらった」以上の意味合いはないのだろうな、とどこか虚しくなった。所詮片想いなんて、片方が勝手に振り回されているだけに過ぎない。
その日、見送ってくれる彼を振り返らずに帰った。
私以外誰も知ることがなかった私の片想いと一緒に。