彼が死んでから初めて泣いた。溜めて溜めて溜めた涙は止まることを知らなかった。
「前世で心中したカップルって、今世は双子で生まれてくるらしいで」
日本史の勉強をしているわたしの横で、彼がそう言う。
今から3年前、18歳、高3、絶賛受験期。
高1のときから付き合っていた先輩である彼は暗記が得意で、いつも勉強を教わっていた。
「おまえはほんま暗記嫌いやなあ」そう言いながら赤ペンで丸つけをしてくれる。
ハナマルを描くのが上手いひとだった。
「取り組んだ日付書いとくと、モチベになるで」
その言葉を信じて解き終わるごとに右上に日付を書いた。
わたしが疲れていたら、些細な豆知識だとか最近考えたギャグだとか、
とにかくしょうもないことをグダグダ話してくれるようなひとだった。
「そのネタどこで使うん」よくそう聞いた。
「1回きりや。人のこと笑わせたら終わり。」
「じゃあうち笑わんとくな」
「なんでやねん笑って欲しくて話してんのに」
ありふれた会話でも、彼とする話はいつも楽しかった。
春には桜を見た。夜桜を見るのにも連れ出してくれた。
夏には花火をして、お祭りに行って、かき氷を作った。
秋には受験が近づいてきて、本格的に勉強を始めた。
冬に彼が免許を取って、息抜きのドライブにいっぱい連れていってもらった。
車の窓から手を出して、ひんやりした手を繋ぐのが好きだった。
冬の初めの頃、夕方、急に彼から電話がかかってきた。
彼がわたしの受験に気を使ってくれていることは知っていたから、電話を、しかも急にかけてくるなんてありえない。
嫌な予感がした。5秒ぐらい間を置いて出た。
「…もしもし?どうしたん?」
「あの、彼女さんですか!?」切羽詰まった声。明らかに彼の声ではなかった。
「あの、俺、」
声の正体は彼がよく話してくれていた彼の友人だった。
彼は友達とご飯に行く道で事故にあったらしい。
電柱に車がぶつかって、その反動で電柱が彼に向かって倒れたんだそうだ。
黒縁丸メガネの医者は淡々とそう話した。
即死だった。
彼の携帯を開けて、1番上にいたのが君だった、と彼の友達は言った。
いやいや、そういうときって普通親探すでしょ。
頭が冷えきっていた。何も考えれなかった。何も言えなかった。
病院に着いた彼の両親が泣き崩れるのを見ても、お葬式の会場で見間違えるぐらいやつれた彼の両親を見ても、わたしは1度も泣かなかった。
精神もメンタルも不安定になって、受験どころじゃなくなった。
机に座っても、どこに行っても彼の面影がチラついて苦しかった。
本気で、わたしも死のうと思った。
けれどわたしは生きている。
お線香をあげるために彼の家を訪ねたとき、
「あの子の部屋、見ていく?」と彼の母親が言った。
初めて入る彼の部屋はびっくりするぐらいモノトーンで、なんだか彼らしいなと思った。
ふと目に入った部屋の隅の小さい机の上に、日本史のプリントが束になっているのを見つけた。
わたしの字。いつかわたしが、
「覚えられへん、もう嫌や」と投げ出したプリントたち。
偉人にまつわるエピソードや、年号のゴロ合わせたちが赤ペンで彼の字で小さく細かく書かれていた。
「な、こんなおもろい話聞いたら嫌でも覚えるやろ」
声が聞こえるみたいだった。それぐらい活き活きした字だった。
プリントの右上にはわたしの字で解いた日の日付。
その横に赤ペンで、事故が起きた日の日付が書いてあった。ハッとした。
彼はきっとこの丸つけをこの日の夕方までに仕上げたのだ。
次に会うのは来週だった。それまでに思いついたことを忘れないように、はやくはやく取り組んだのだ。
彼が死んでから初めて泣いた。自然と泣いた。
溜めて溜めて溜めた涙は止まることを知らなかった。
彼の母は、そのプリントたちと彼のお気に入りだったネックレス、ピアスをくれた。
「受験、頑張ってね。」この言葉を添えて。
それから死にもの狂いで勉強した。彼と同じ大学に受かりたかった。
けれど問題集を全問正解しても、もう誰もハナマルを書いてくれない。
ふと疲れたときに彼にLINEしようとしても、もう返信はこない。
しょうもないネタ全部メモしときゃよかった。
けどあのひと、1回しか効果ないって言ってたなあ、そう考えて何回も泣いた。
何時間も泣いてダメになった日もあった。
おかげでわたしの参考書たちはしわくちゃになった。
あの日から彼のつけていたネックレスをずっと着けている。校則で怒られても、この人たちにわたしの辛さは分からないと思った。無視、無視、無視。そのうち何も言われなくなった。
大学生になって平坦だった耳に穴をあけて、そこにも彼のシルシをぶら下げた。
シルバーのリングピアス。
「いつか俺が開けてあげて片耳ずつつけたいな。」
いつもそう言っていたから、わたしは右耳につけた。彼は左耳につけていた。これで半分こ。
ほんとはあなたに開けて欲しかった。あんな映画監督みたいなおじさんじゃなくて。
ねえ先輩、わたし本当にあなたのこと好きだったよ。
来世でも会いたいの。今度こそ最期まで一緒にいたい。
「前世で心中したカップルって、今世は双子で生まれてくるらしいで」
「なんで双子なん?そういう決まりあるん?」
「だって双子やったら、2人でひとつみたいなもんやん。1番近いのに絶対結ばれることないやろ。1番近くて1番遠いってやつや。」
わたしたち、心中なわけでもないけど、まだ死んだらだめな気がしてるの。
いち早くあなたに会いたい。
でもあと80年ぐらい、そっちで待っててね。今でもほんとうに、大好き。
日本史の勉強をしているわたしの横で、彼がそう言う。
今から3年前、18歳、高3、絶賛受験期。
高1のときから付き合っていた先輩である彼は暗記が得意で、いつも勉強を教わっていた。
「おまえはほんま暗記嫌いやなあ」そう言いながら赤ペンで丸つけをしてくれる。
ハナマルを描くのが上手いひとだった。
「取り組んだ日付書いとくと、モチベになるで」
その言葉を信じて解き終わるごとに右上に日付を書いた。
わたしが疲れていたら、些細な豆知識だとか最近考えたギャグだとか、
とにかくしょうもないことをグダグダ話してくれるようなひとだった。
「そのネタどこで使うん」よくそう聞いた。
「1回きりや。人のこと笑わせたら終わり。」
「じゃあうち笑わんとくな」
「なんでやねん笑って欲しくて話してんのに」
ありふれた会話でも、彼とする話はいつも楽しかった。
春には桜を見た。夜桜を見るのにも連れ出してくれた。
夏には花火をして、お祭りに行って、かき氷を作った。
秋には受験が近づいてきて、本格的に勉強を始めた。
冬に彼が免許を取って、息抜きのドライブにいっぱい連れていってもらった。
車の窓から手を出して、ひんやりした手を繋ぐのが好きだった。
冬の初めの頃、夕方、急に彼から電話がかかってきた。
彼がわたしの受験に気を使ってくれていることは知っていたから、電話を、しかも急にかけてくるなんてありえない。
嫌な予感がした。5秒ぐらい間を置いて出た。
「…もしもし?どうしたん?」
「あの、彼女さんですか!?」切羽詰まった声。明らかに彼の声ではなかった。
「あの、俺、」
声の正体は彼がよく話してくれていた彼の友人だった。
彼は友達とご飯に行く道で事故にあったらしい。
電柱に車がぶつかって、その反動で電柱が彼に向かって倒れたんだそうだ。
黒縁丸メガネの医者は淡々とそう話した。
即死だった。
彼の携帯を開けて、1番上にいたのが君だった、と彼の友達は言った。
いやいや、そういうときって普通親探すでしょ。
頭が冷えきっていた。何も考えれなかった。何も言えなかった。
病院に着いた彼の両親が泣き崩れるのを見ても、お葬式の会場で見間違えるぐらいやつれた彼の両親を見ても、わたしは1度も泣かなかった。
精神もメンタルも不安定になって、受験どころじゃなくなった。
机に座っても、どこに行っても彼の面影がチラついて苦しかった。
本気で、わたしも死のうと思った。
けれどわたしは生きている。
お線香をあげるために彼の家を訪ねたとき、
「あの子の部屋、見ていく?」と彼の母親が言った。
初めて入る彼の部屋はびっくりするぐらいモノトーンで、なんだか彼らしいなと思った。
ふと目に入った部屋の隅の小さい机の上に、日本史のプリントが束になっているのを見つけた。
わたしの字。いつかわたしが、
「覚えられへん、もう嫌や」と投げ出したプリントたち。
偉人にまつわるエピソードや、年号のゴロ合わせたちが赤ペンで彼の字で小さく細かく書かれていた。
「な、こんなおもろい話聞いたら嫌でも覚えるやろ」
声が聞こえるみたいだった。それぐらい活き活きした字だった。
プリントの右上にはわたしの字で解いた日の日付。
その横に赤ペンで、事故が起きた日の日付が書いてあった。ハッとした。
彼はきっとこの丸つけをこの日の夕方までに仕上げたのだ。
次に会うのは来週だった。それまでに思いついたことを忘れないように、はやくはやく取り組んだのだ。
彼が死んでから初めて泣いた。自然と泣いた。
溜めて溜めて溜めた涙は止まることを知らなかった。
彼の母は、そのプリントたちと彼のお気に入りだったネックレス、ピアスをくれた。
「受験、頑張ってね。」この言葉を添えて。
それから死にもの狂いで勉強した。彼と同じ大学に受かりたかった。
けれど問題集を全問正解しても、もう誰もハナマルを書いてくれない。
ふと疲れたときに彼にLINEしようとしても、もう返信はこない。
しょうもないネタ全部メモしときゃよかった。
けどあのひと、1回しか効果ないって言ってたなあ、そう考えて何回も泣いた。
何時間も泣いてダメになった日もあった。
おかげでわたしの参考書たちはしわくちゃになった。
あの日から彼のつけていたネックレスをずっと着けている。校則で怒られても、この人たちにわたしの辛さは分からないと思った。無視、無視、無視。そのうち何も言われなくなった。
大学生になって平坦だった耳に穴をあけて、そこにも彼のシルシをぶら下げた。
シルバーのリングピアス。
「いつか俺が開けてあげて片耳ずつつけたいな。」
いつもそう言っていたから、わたしは右耳につけた。彼は左耳につけていた。これで半分こ。
ほんとはあなたに開けて欲しかった。あんな映画監督みたいなおじさんじゃなくて。
ねえ先輩、わたし本当にあなたのこと好きだったよ。
来世でも会いたいの。今度こそ最期まで一緒にいたい。
「前世で心中したカップルって、今世は双子で生まれてくるらしいで」
「なんで双子なん?そういう決まりあるん?」
「だって双子やったら、2人でひとつみたいなもんやん。1番近いのに絶対結ばれることないやろ。1番近くて1番遠いってやつや。」
わたしたち、心中なわけでもないけど、まだ死んだらだめな気がしてるの。
いち早くあなたに会いたい。
でもあと80年ぐらい、そっちで待っててね。今でもほんとうに、大好き。