「ビール一杯奢るから、別れてくんね?」
「ビール一杯奢るから、別れてくんね?」

真夏の喫煙所にて、彼の口からとんでもないパンチラインが出てきて笑ってしまった。
ビール一杯奢るからって、ビールは別れの引換券じゃないんですけど。
ここでショックのあまり泣き出してしまったり、怒り狂ったりできるならまだ救いようもあったけど、私は高らかに手を叩きながら笑うしかなかった。
だって悲しいとか怒りとか、そんな段階、とっくに飛び越えている。


私と彼は、別れ話の延長線上にいた。
数日前に彼からLINEで「友だちに戻ろう」なんてよく聞くセリフで別れを切り出され、
その現実を受け入れられなかった私はみっともなく縋り付いたのだ。

「一回落ち着いて考えよう」
「距離を置いてみよう」
「ときめきが足りないならこれからときめかせてみせる」
などとゴネまくったのち、

「そもそも友だちに戻るって何?友だちだったことなんてなかったじゃん」
などと怒り狂い、

最後には「悪かったところ直すからお願い」と縋った。

あまりにもテンプレすぎて笑えてしまう。
漫画や映画でこういうシーンを見るたびに、「みっともないな、潔く別れろよ。」とか上から目線で言ってたけど、いざ自分がその立場になってみるとそんな悠長なこと言ってる場合じゃなかった。
こっちは天から垂れた蜘蛛の糸を必死に登ってんだよ。
天国に行けるなら下の人間蹴落とすくらいのみっともなさ見せてやるっつーの。

「わかった」と、短いメッセージが来たときはドッと安堵した。
何が分かったんだかこっちは全く分かっていなかったけど、とにかく分かってもらえたらしい。

やったね!お付き合い続行!なんて喜んでいたのも束の間、
「とりあえず、直接会って話そう」
と追加でメッセージが届いた。

指先が冷えていく。
直接会って話すって何を?
ていうかお前、何も分かってないじゃん。


そして延長戦。
私が得点を入れることができたらお付き合い続行、彼が得点を入れることができたらお付き合い解消。そんなサドンデス。
命運を分ける戦いの火蓋が切り落とされた。

待ち合わせの日は、前々から行こうと約束していた花火大会の日だった。
チャンスだと思った。
雰囲気も相まって、別れを踏みとどまるかもしれない。
その日のためだけに買ったワンピースを身にまとい、わざわざ美容室にまで行って最強にかわいい私で挑んだ。
間違いなく勝てると思った。
だって鏡にうつった自分はめちゃくちゃかわいい。
とてもこれから振られる女には見えない。
気分はサッカー日本代表選手だった。
日の丸にかけてでもお付き合い続行させてやるんだから!と、勝手に日本を背負って出陣した。

が、結果は完敗。
延長戦なんて言ったが、最初から勝負はついていたのである。
私はサッカーをしに行ったつもりだったけど、彼はボクシングをしにきていたらしい。
土俵の違う戦いで、私に勝ち目はなかった。
彼の言葉一つ一つが私を叩きのめし、ギリギリの意識を保ちつつ有りもしないゴールにシュートを入れようとする私の攻撃は軽くかわされ、トドメの一発。

「ビール一杯奢るから、別れてくれない?」

頭の中で、ゴングが強く熱く鳴り響いた。


気が付けば缶ビールを持っていた。
居酒屋に入ろうとも思ったが、花火大会のせいでどこも満席だった。
コンビニを出て、人で溢れている喫煙所に立って缶を開ける彼を見つめる。
それから、当たり前のように私の手に収まる缶ビールを見て「私の恋は終わったんだな」と悟った。

ビールは好きじゃなかった。
苦いし、お腹に溜まるし、別に美味しくないし。わざわざ飲もうとは思わなかった。自分で買ったこともない。
それなのに、彼の前ではビールをよく飲んだ。
ビールを飲んで「おいしいね」と笑う彼の顔を見るのが好きで、共感したかった。
それだけのためにビールを飲んだ。
でもそんなこと彼は知らないし、これから知ることもないし、知ってもらえるような恋ではなかった。
遠くの方で、花火の上がる音がした。
見上げると、夜空に開く大輪の花火と目があった。
綺麗だなあ、としみじみ思ってすぐに「ああ、」と納得した。

花火の散り際は美しい。
だから私は今日、最強にかわいかったんだ。

「じゃあ、これからは友だちってことで」
その言葉で現実に戻る。目線を下げると、彼が缶ビールを傾けていた。
「はーい、かんぱーい」
カン、と涼やかな音がして私はビールを胃の中へと流し込んだ。

夜空の向こうで花が咲いて、落ちていっている。
やっぱりビールは苦い。

だけど、悪くない味がした。
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