「女の恋は上書き保存ってマジだね」
結婚式の始まる前、待合室のホテルラウンジにかつて好きだったはずの人はいた。

「よっ。」

軽い風を装って話しかけてくる彼は相変わらず背が高い。

「久しぶり」
 
と答えて、別れてからはしばらく辛すぎて見つめることのできなかったはずの顔をジロジロと見る。

彼は昔から格好良くはなかった、けどよく見えていたはずだった。
なんだか肌も荒れていて、少し太った気もする。

「なんだか綺麗になったね」

と言われて、特に心が躍ることもなく、
礼儀としてこちらも格好良くなったと嘘を吐くべきか悩んで言葉を濁した。

「すごい見てくるね」

と笑っていう彼は知らない人みたいで、
「髪型変わったなあって思って」
なんて言いながら、わたしは誰と話してるんだろうと思った。


披露宴の会場に移動して席に着くと、わたしと彼のかつてを知る友達が
「あいつと話してたね、どうだった」
と聞いてきた。
友達は別れてからうんと痩せていったわたしの姿を見ていた。

「なんだか全然大したことなくなってた」
と口にして無くした何かを感じる。

「魔法が解けたんだね」
「解けちゃったね」

言われてみて、彼とどこにデート行ったとか何を言われて嬉しかったとか、持っていたはずの記憶がどこかにいってしまったことに気がつく。

「忘れられない恋なんてないんだね」
「恋って状態だからね」


「俺のことを本当に好きかわからない」
と言われて別れを言い出された時の痛みも、もうそれがあったという事実しか思い出せない。
そういえば、明るくて社交的で友達が多いはずの彼なのに、わたしに仲の良い男友達がいることを彼はものすごく嫌がって不思議だった。


二次会で彼は、隣にいた友達が移動した隙に向かいの席に座ってきた。

他愛もない話をしていると突然
「あの時嫉妬深くて、俺も幼くてごめん。」
と謝られる。

改めて彼を見つめながら、
「全然大丈夫だよ、そんなものだよ」
と答える。

知らない生物が喋っているのを観察しているような気持ちだった。

「今彼氏いるの?」
「うん」
「そうなんだ、結婚とかも考えてるの?」
「うん、そんな話もしてるよ」
「そっか 会ってみたいな、飲みに行こうよ」
「いや、いいよ」

ああ、上野動物園のパンダもこんな気持ちなのかな。
彼らにとって、観光客はこんな感じで見えてるのかもしれない。
外側から何を言われても特になにも気にならない、興味が湧かない。


目の前の知らない生物が結婚はタイミングも大切とか、仕事のこととかを話し続ける。
遠くの対岸で歩く彼の歩みを止めないように上の空で相槌を打つ。
あの時なら、尊敬の気持ちで聞けていただろう話は薄っぺらい御伽噺に聞こえた。


遠くにいた友達に目配せをして、メッセージを送った。
伝わったのか名前を呼ばれる。

「あ、ちょっといってくるね」

とだけ言って、席を移った。

「どうだった?」
「女は上書き保存ってマジだね」

というとケラケラ笑う。

「優しくしてやれよ」
「してるよ」

と言いながら、愛になれなかった恋のお墓に手を合わせる。


家に帰ると彼からメッセージが届いていた。
きっと明日の朝には忘れてしまうから、スタンプ一個分、
遠く対岸にいる彼の幸せを祈って送った。
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