8年目の関係は一回の欲望で崩れ散った。
彼とは高校の同級生だった。好きなバンドが同じだった私たちは仲良くなるのに時間を要さなかった。
示し合わせたわけではないのに、進学先の大学も同じだった。
お互いに恋人がいても心地よい関係は変わらない。大親友で、家族みたいな存在。
この関係を理解してくれる恋人もいれば、嫉妬の対象になることもあった。
「彼氏できた」
「まじ?どんな人?」
「彼女と別れた」
「そっかあ」
なんてやりとりを重ねながら季節は数回めぐり、私たちは社会人になった。
「え、もうさ、結婚しちゃう?」
「35まで独身だったら結婚する?」と冗談で言うと、
「なに言ってんだよ。いや、でもありかもな」と言って彼は笑う。
なんだ、まんざらでもないじゃん。
彼は彼女とうまくいっていないようだ。
そんな彼の話を聞くたびに、自分の中のもやもやした感情から目を逸らしていた。
きっかけは特にない。いつからかもわからない。ただ、いつのまにか"彼と一緒にいたい"と思っている自分に気付いた。
「私にすればいいのに」と喉元まできた言葉は飲み込んだ。冗談でも言えなかった。なぜなら、彼の返答を聞くのが怖かったから。
社会人1年目の冬、私たちが好きなバンドのライブが発表される。ここ旅行したいんだよね、なんて話をして抽選に申し込んだ都市の公演だけ当選した。
当時、2人とも恋人はいなかった。
「泊まりで行く?」
「終わってからだと飛行機も新幹線もないね」
「そっか。次の日少し観光して帰ろう。」
ライブが終わり、コンビニで酒とつまみを調達してホテルに戻る。
ライブの高揚感も相まって、ベッドに入るまで話は尽きない。
「寝たー?」と彼が控えめに声を出す。
「なんか寝れない」と答えると、隣のベッドから手が伸びてくる。
その気がなかったわけじゃない。
緊張で手のひらが湿る。
ベッドとベッドの間で手が触れる。
そのままひとつのベッドに2人入り、抱きしめられる。
続けていいのか、躊躇うような静かな時間が流れたあと、唇が重なった。
「ゴム持ってるの?」
「...うん」
なんで持ってきたの?
いつも持ち歩いてるの?
こうなる気がしてたの?
聞きたいことはたくさんあったが、流れに身を委ねた。
彼は、付き合う前に手を出すことなどない。
皮肉なことにそれは私が一番知っていた。彼の恋愛の話は何度も聞いていたから。
恋人同士かと錯覚するほど、甘い時間だった。彼とは身体の相性もよかったことを、この日に知った。
セックスしたからと言って、恋人になるわけでもない。彼が私を好きなわけでもない。
存在するのは、"セックスしてしまった" "ヤった" "寝た"という事実のみ。
「え、もうさ、結婚しちゃう?」
「35まで独身だったら結婚する?」
なんて言い合ったあの日の二人ではもうない。
8年目の関係は一回の欲望で崩れ散った。
数週間経ち、飲みに行くことになった。会うのはライブの日以来。
相変わらずくだらない話でバカ笑いする時間が楽しい。
その日は珍しく帰り道にLINEがきた。
「思ったんだけどさ、誰よりも俺のこと理解してくれてるよな」
「誰よりも君のこと見てきたからね」
なんて返信はできずに帰り道、ひとり泣いた。
あの夜がなかったら、もしかしたら今私は彼の横で笑えていたかもしれない。
自分の気持ちを告白できていたかもしれない。順を追って、関係を発展させることができたかもしれない。
彼の恋人になって、いずれ結婚して。
そんな未来は、彼を拒めなかった時点で消えていた。
大親友で、家族みたいだったあなたが、今では赤の他人よりも距離が遠くなってしまったような気がする。
代償の大きい快楽だった。
示し合わせたわけではないのに、進学先の大学も同じだった。
お互いに恋人がいても心地よい関係は変わらない。大親友で、家族みたいな存在。
この関係を理解してくれる恋人もいれば、嫉妬の対象になることもあった。
「彼氏できた」
「まじ?どんな人?」
「彼女と別れた」
「そっかあ」
なんてやりとりを重ねながら季節は数回めぐり、私たちは社会人になった。
「え、もうさ、結婚しちゃう?」
「35まで独身だったら結婚する?」と冗談で言うと、
「なに言ってんだよ。いや、でもありかもな」と言って彼は笑う。
なんだ、まんざらでもないじゃん。
彼は彼女とうまくいっていないようだ。
そんな彼の話を聞くたびに、自分の中のもやもやした感情から目を逸らしていた。
きっかけは特にない。いつからかもわからない。ただ、いつのまにか"彼と一緒にいたい"と思っている自分に気付いた。
「私にすればいいのに」と喉元まできた言葉は飲み込んだ。冗談でも言えなかった。なぜなら、彼の返答を聞くのが怖かったから。
社会人1年目の冬、私たちが好きなバンドのライブが発表される。ここ旅行したいんだよね、なんて話をして抽選に申し込んだ都市の公演だけ当選した。
当時、2人とも恋人はいなかった。
「泊まりで行く?」
「終わってからだと飛行機も新幹線もないね」
「そっか。次の日少し観光して帰ろう。」
ライブが終わり、コンビニで酒とつまみを調達してホテルに戻る。
ライブの高揚感も相まって、ベッドに入るまで話は尽きない。
「寝たー?」と彼が控えめに声を出す。
「なんか寝れない」と答えると、隣のベッドから手が伸びてくる。
その気がなかったわけじゃない。
緊張で手のひらが湿る。
ベッドとベッドの間で手が触れる。
そのままひとつのベッドに2人入り、抱きしめられる。
続けていいのか、躊躇うような静かな時間が流れたあと、唇が重なった。
「ゴム持ってるの?」
「...うん」
なんで持ってきたの?
いつも持ち歩いてるの?
こうなる気がしてたの?
聞きたいことはたくさんあったが、流れに身を委ねた。
彼は、付き合う前に手を出すことなどない。
皮肉なことにそれは私が一番知っていた。彼の恋愛の話は何度も聞いていたから。
恋人同士かと錯覚するほど、甘い時間だった。彼とは身体の相性もよかったことを、この日に知った。
セックスしたからと言って、恋人になるわけでもない。彼が私を好きなわけでもない。
存在するのは、"セックスしてしまった" "ヤった" "寝た"という事実のみ。
「え、もうさ、結婚しちゃう?」
「35まで独身だったら結婚する?」
なんて言い合ったあの日の二人ではもうない。
8年目の関係は一回の欲望で崩れ散った。
数週間経ち、飲みに行くことになった。会うのはライブの日以来。
相変わらずくだらない話でバカ笑いする時間が楽しい。
その日は珍しく帰り道にLINEがきた。
「思ったんだけどさ、誰よりも俺のこと理解してくれてるよな」
「誰よりも君のこと見てきたからね」
なんて返信はできずに帰り道、ひとり泣いた。
あの夜がなかったら、もしかしたら今私は彼の横で笑えていたかもしれない。
自分の気持ちを告白できていたかもしれない。順を追って、関係を発展させることができたかもしれない。
彼の恋人になって、いずれ結婚して。
そんな未来は、彼を拒めなかった時点で消えていた。
大親友で、家族みたいだったあなたが、今では赤の他人よりも距離が遠くなってしまったような気がする。
代償の大きい快楽だった。