いつか回り回って恋人に戻れたら幸せです。
女の恋愛は上書き保存、なんて嘘だ。
ちっとも上書き保存なんかされやしない。


そんな忘れられない恋愛をしたのは、
もう10年も前のことになる。
私は高校1年生で、初めての彼氏ができた。
そして彼氏にとっても初めての彼女だった。

私達は二人揃って浮かれていた。
いつも幸せだつた。

初めてのデート、嬉しくて保護したメール、親に早く寝なさいと怒られた夜の電話、何もかも鮮明に思い出せる。世の中で流行っている恋愛ソングの歌詞の意味が分かったような感じがした。
一気に大人になったような気持ちだった。

周りには早熟な友人もいたが、私達は比較的慎重であり、初めてのキスをするまで2ヶ月、セックスをするまで5ヶ月くらいかかった。

異性とは体の作りが違うということ、かわいい下着をつけると喜んでくれること、こんな自分でも相手を喜ばせることができること、幸せな痛みがあること。

お互いに全てが初めて知ることだった。

公園でいちゃいちゃし、カラオケボックスの死角で店員にバレないように体を重ねる。お金がある日は少し広めの漫喫に行き、声を堪えながら抱き合った。

回数を重ねるごとに性的快感というものを知り、さらに相手に夢中になった。

もちろん行為をするだけではなかった。
一緒に登下校をしたり、文化祭をまわったり、放課後プリクラを撮ったり、図書館で受験勉強をしたり、修学旅行では友達に冷やかされながら合流したりした。友達とうまくいかない時、家族と喧嘩した時、勉強が伸び悩んでいる時、いつでもそばにいてくれた。

絵に描いたような青春時代を過ごした。


だがそんな私達にも終わりはやって来た。

大学1年生の夏。
違う大学に入りいつからかすれ違うようになっていた。
高校生ながら「絶対この人と結婚するんだ」と思っていたし、絶対に離れたくなかった。でも3年間一緒に過ごした相手の気持ちが今までと違うことはすぐに感じ取った。

私達は泣きながらいつもの公園で別れ話をした。
初めての大失恋を受け入れることは容易ではなく、心にぽっかりと穴があいたようだった。

別れてしまっても日常は流れていくんだ、なんて当たり前のことに気がついた。

なんで隣にいないんだろうか。
どこを歩いていても思い出がまとわりついてきて、
私の首を絞めた。
毎日泣いていた。

「いつか大人になって回り回って恋人に戻れたら幸せです。」
とメールを送り、それきりになった。


大学時代は立ち直ろうとそれなりに恋をした。 
サークルの先輩に憧れたり、同期といい感じになったりした。

年相応の性欲を持て余していた私は、
宅飲みをして好きでもない同期に体を許したこともある。
大好きになった先輩のセフレになったこともある。
バイト先の人とカラオケでいちゃついたこともある。
男友達の浮気相手になったこともある。

セフレとかそういう関係が良くないことだとはあまり思わない。

でも頭の中のどこかには高校時代の彼氏がいて
「そんな大学生みたいなことしないでよ。」
と悲しそうな顔をして言ってきた。

不毛な行為をした帰り道には
「らしくないよ。純粋だったあなたはどこに行ったの?」
と言ってきた。

誰を好きになっても、私の心の中には彼がいた。
誰を好きになっても、彼が全ての基準になっていたのだ。


心の中の彼とうまく付き合いながら日々を過ごし、それなりに遊び、楽しかった大学生も終わり、就職をした。


やがて職場で出会った人と結婚を前提に付き合い始めた。

もうその頃には頻繁に心の中の彼が出てくることもなく、いい思い出になっていた。時間は一番の特効薬、だなんてよくできた言葉だなと感心していた。

恋人はとても優しく穏やかで、
何よりも私のことを大事にしてくれる人である。
たくさんの愛を注いでくれて、愛される喜びを知った。
全てを受け止めてくれて、「いろんなことがあったけど、ようやくここに落ち着くんだな。」としみじみしていた。


そんなある日、高校時代の友人の結婚式が開かれた。

彼と別れて以来の再会をした。

お互い探り探りであったが、二次会に行く頃には周りの雰囲気のおかげかすっかり高校時代の私達になっていた。お互いの大学時代の話、共通の友人の話、仕事はどんなことをしているかなど、話は尽きなかった。

私はたしかにこの人のことが大好きだったな、と心の中がじんわりとした。その一方で、彼が話すと煙草の香りがして、ああもう知らない人なんだなと距離も感じた。

「私達大人になったね。」
と言うと、
「いや、あの頃が子どもだったんだよ。」
と返された。

子どもながらに真剣だったよ。
心の底から大好きだったよ。

「俺もあれからそれなりに好きな人ができた。
でも高校時代を超える気持ちにはなれなかった。」

私もずっとずっと何度も同じことを思ってた。

「明日の夜少し会って話そうよ。
仕事終わり、車で迎えに行くからね。」

「わかった。同棲してるから、
夜遅くはなれないけど大丈夫だよ。」

そう答え、二次会も終わり、恋人と住む家に帰った。


家で待ってた恋人を見るとなんだかほっとして、隣にくっついてみるとじんわり濡れてくるのが分かった。いつもより甘く恋人を求め、どうしたのと笑われながら抱いてもらった。

恋人のことが大好きだと気持ちを再確認し、眠りについた。
二次会での出来事に動揺していたのだろう。


次の日仕事が終わると、車で迎えに来ていた。
私の恋人に心配させたら悪いから、と近くのコンビニでコーヒーを買い、車の中で話をした。


「昨日久しぶりに会って、考えたんだけど。
結婚したいと思った。」


素直に嬉しかった。
あの辛かった頃の私が報われた。

でも私は言葉が出なかった。

「別れた頃くれたメール覚えてる?
回り回ってまた恋人に戻れたら、って
書いてあったんだけど、それって今なんじゃないかな。」

車の中に沈黙が流れる。

たしかに私もそう思う。
回り回った。いろんなことがあった。
今ならうまくいくんじゃないか。


でも。

「ありがとう。嬉しい。でも今の彼氏と結婚すると思う。」

「そっか。」
また沈黙が流れた。


しばらくして彼は笑って言った。

「きっと素敵な人なんだね。聞いてくれてありがとう。」

家の近くまで送ってもらい、別れた。
大好きだった人は、また遠くに行った。


これでよかったのだ。

私の恋人は素敵な人だ。
でも正直、気持ちの強さ、思い出の強さは彼の方が大きく、一生忘れられない人であるだろう。

だから上書き保存なんて決してできない。しない。
ただ形を変えながら心の中にいる。

大切にとっておいて、
たまに思い出すくらいでちょうどいいのだ、と。
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