『手話覚えてよ、顔見て話したい』
トントン。
肩を叩かれ、スマホを見せてきた男性。

『imuさんですか?』

そうですよ、の意味を込めて大きく頷く。
彼は少し恥ずかしそうに、眩しい笑顔を浮かべた。


私たちは某出会い系アプリで出会った。
きっかけは、最初は何となく気になって。彼の明るい性格とノリが良さが心地よかった。

ダラダラと半年以上は、くだらない話ばかりしていた。

ある日私が、電話してみたいと送る。
彼は珍しく渋った。
彼女がいたのかぁ、なんて呑気に思ってた。

『実は、耳が聞こえないんだ。ずっと黙っててごめん』

正直驚いた。
でも彼と話してると、楽しくていつも笑顔になる。
だから二人なら大丈夫と、勝手に思ってた。
「私はあなたが好き」と、打ち込んで送信した。


付き合ってからの顔合わせ。
彼がカフェに誘ってくれて、ランチをとる。

頼みたいものを指差して、LINEのトークで送り、私が注文。
料理を待つ間も、私たちの会話はLINEだった。

『緊張する』
「私もだよ」

『あんまり顔見ないで』
「だって、好きだから」

時々LINEから目を離し、彼を見つめる。
視線に気づくと、恥ずかしそうに目を逸らす。
私たちのデートで、よくある光景となった。

順調だと思った。
休みが合わないことが多く、思ったように会えない日々を、LINEで埋める毎日。
付き合った後も、彼との会話や気持ちは変わらなかった。


『手話覚えてよ、顔見て話したい』

ある日のデートで言われる。
手を繋ぎながら、お互いの片手にはスマホ。
デートの大半はLINEを見つめてる。

彼の顔を見て話したことがない。
彼と円滑にコミュニケーションをとりたい。
デートの度に、簡単な手話を教えてもらうようになった。


半年が過ぎた頃、私が資格勉強でスマホを触る時間が減った。
彼からは、返事の催促がくるようになった。

『最近返事遅いね』
「ごめんね、気づいた時になるべく早く返すよ」
『もういいよ、今日も寝落ちするんでしょ』

ごめんねと、返事を返す。
彼からくる返事も、私が送る返事も減っていった。


『好きだけど、辛いから別れてください』

交際期間1年くらいのある日のことだった。
寂しい思いをさせてしまっていた。
大丈夫なんてことはなかった。

私が、彼との唯一のコミュニケーションの一つを
疎かにしてしまった末路だった。


友達に戻っても、彼とはダラダラと話してた。
毎日話すわけではなかったけど、楽しかった。
私はまだ好きだったし、また戻れると思ってた。


今日、

『もう僕らは終わりにしようか』

LINEが届いた。

もう会えない、話せないんだと思うと、涙が止まらなかった。

どうにか話し続けることができないか、メッセージを送る。
短い返事がくる。
もうダメなんだと、嫌でもわかった。

でも、わがままな私はさよならは言わなかった。
言えなかったんだ。


君が教えてくれた手話、今でも覚えてるよ。
また下手だなって言われそうだな。
私の名前の手話はね、君が送ってくれた動画で覚えたんだよ。
習慣化した指文字の勉強、もう意味ないかもね。

気持ちの整理がついたら、彼からの最後のLINEに
既読をつけたいと思う。

それまでは、未読のままにさせてね。


『またね』
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