「俺、明日他の女とデートすっから」
「俺、明日他の女とデートすっから」
久しぶりに聞いたあいつの声は電話越しに酒臭さを運んできた。くっさい。
でも、私の心臓は反射的に縮こまってしまった。
息が上手くできないし、目も少し霞んじゃった。
「そうか、行ってきなよ」
と、冷静に言ったつもりだが、
ちゃんとそのように装えているだろうか、怪しいね。
あいつは、大学のゼミの先輩だった。
背が高くてひょろっとしてて不健康に青白くて、酒煙草女好き。なんかちょっとひと昔前の文豪みたいだった。まぁ好き嫌い激しそうな雰囲気がバシバシでてるし、そんなに関わることもないかなと、その時私は軽く思っていた。
だけど、そうでもなかったんだな。
あいつはめちゃくちゃ本を読むひとだった。おまけにジャズが大好きで、映画にもとても詳しい。しかもね、作品に対して物凄く独自な意見を生み出すタイプ。
なんでかな、私はそのような人間をすぐ気に入っちゃうんだね。
酒が入ると頭をくらりくらりとさせながら、好きな作品について語りだす。とても聞き入ってしまう。そんな感じでいつしか毎週会うようになった。
会うときは、色んな作品に関する話をした。
でもそれ以外は決まって過去の女の話をするか、
「俺、年下に興味ないから」
とばかり宣ってた。
ハイハイわかってますよ。
別にあんた私のタイプじゃないし。会う度言うの、うるさいね。
しかしある日、あいつがかなり気に入っているというバーに初めて連れていってもらった。
「俺はバナナダイキリ、彼女にバラライカ。」
バラライカはある作品に出てくる、とても美しくて聡明で強い女性。あいつがバーで頼むお酒、決まって何かの作品から取ってくるんだな、それが。
こんな感じで女口説いてたのかな、いつも。
と思ったそのとき、私が手に持っていた煙草の灰がひらりと落ちた。とても静かに。
あいつが少し身を屈めて煙草に火をつける。
睫毛が長い。うなじから甘い匂い。
心がものすごくドキドキした。
とても、セックスがしたい。
甘い匂いに誘われるように、気づいたら家について行ってしまっていた。
押し倒された。煙草の匂いとあいつの甘い匂いでクラクラする。
耳元で「なぁ、付き合ってや」と関西の訛りで言われた。
いつもはあまり出さないのに。
年下興味ないっつってたじゃん、ずるい。
腰あたりがジンジン熱くなるのを感じた。
でも、直前で色々怖くなって、逃げるようにして帰ってしまった。
弁明の機会を頂戴。
私はそのとき処女だった。貞操観念は固いほう。
流されてカラダの関係など言語道断。
『じゃあ、付き合ったらいいじゃない』
これがまた上手くいかないんだな。
なぜなら、私は昔から海外留学をしたくて、海外で就職したい夢があるから。
天秤に掛けずとも、答えは分かっていたつもりだった。
混乱のあまり、あいつの家に煙草と靴下を置き忘れた。この状況をなかったことしようと、煙草と靴下忘れたから次会う時に取りに行くね、とめちゃくちゃ身勝手なメッセージを送った。
「付き合うか、友達辞めるか選べ」
返ってきたのはこの一言だった。
極端なひとだ。わるい男だ。これは脅迫だ。
私は目を閉じてあいつと絶交したらどうなるだろうと考えてみた。するとなぜか、心臓がきつく締め上げられ、呼吸がとても浅くなり、たくさんの涙が溢れてきて止まらない。頭がぐるぐるした。
こんな感情、なんて言うんだっけ。
私はあいつ付き合うことにした。
トンネルの先にある出口、来るであろうお別れに目を瞑って。
そのトンネルはとても薄暗くて、すごい甘ったるくて、居心地がよかった。その中で私は初めてをあいつに捧げた。とっても痛くて、とっっっっても気持ちがよかった。
お互い少しさびれたところが好きで、よくそんな所に出掛けてはジャズを一緒に聞いた。でもいくらトンネルのさきに目を瞑っても出口の光、自分の夢に付随する別れは残酷にも瞼越しに私の脳天をぶち抜く。
無理にそれを気持ちがいいものと思い込もうとした私は、一種の世紀末的な、終わるからこそ美しいなんてものをデートに見いだした。別れることありきとしか、それが伝わってたのかね、あいつは私とスキンシップを取ろうとしなくなり、セックスも拒むようになった。
私は、それが、ほんとうに、かなしかった。
あいつに元カノから連絡が来てた、という当たり障りないことに理由をこじつけて別れた。名も知らぬ元カノ、勝手に悪者にしてごめん。
トンネルの外に一旦出てしまったら、もう二度と会えないと思ってたが、結局付かず離れずの状態になった。たぶん完璧に離れるにはお互い本当に好きすぎたんだと思う。
遊びはあり、泊まりもあり、セックスはなし。
最初は脅迫してきたのに、
たぶん、あいつも分かってたんだな。
私が大学を卒業して実家に帰ってる最中、社会はウイルスでてんやわんや。
私も留学準備に忙しくて、人生最後の春休みなんてパタンと扉を閉めて呆気なくおしまい。
そんなときにあの電話が来た。
「俺、明日他の女とデートすっから」
一方的にフォローさせられたあいつのツイッターに、なんかよくわかんないけど女がかわいいかった、楽しかったみたいな文が書いてある。
お前、そんな言葉を吐くタイプだっけか?
ああもう画面がぼやけて見えないや。
その女と世紀末みたいなデートしてきたのかな。こんな時期に。
呪詛みたいな言葉が出かかったが、喉元のわだかまりと共に無理やり飲み込んだ。
もう付き合ってないし。
私は努めて冷静になって感情を紐とこうとした。
もうダメかな、まだいけるかな、大好き、うれしい、会いたい、悲しい、大嫌い、ずるい、酷い、憎い、愛してる。回り回ってぐーるぐる。この感情に出口はありますか?
もうめんどくさいな、何も考えたくないな。
とりあえず私は床に寝転んで地球とぐるぐるすることにした。
久しぶりに聞いたあいつの声は電話越しに酒臭さを運んできた。くっさい。
でも、私の心臓は反射的に縮こまってしまった。
息が上手くできないし、目も少し霞んじゃった。
「そうか、行ってきなよ」
と、冷静に言ったつもりだが、
ちゃんとそのように装えているだろうか、怪しいね。
あいつは、大学のゼミの先輩だった。
背が高くてひょろっとしてて不健康に青白くて、酒煙草女好き。なんかちょっとひと昔前の文豪みたいだった。まぁ好き嫌い激しそうな雰囲気がバシバシでてるし、そんなに関わることもないかなと、その時私は軽く思っていた。
だけど、そうでもなかったんだな。
あいつはめちゃくちゃ本を読むひとだった。おまけにジャズが大好きで、映画にもとても詳しい。しかもね、作品に対して物凄く独自な意見を生み出すタイプ。
なんでかな、私はそのような人間をすぐ気に入っちゃうんだね。
酒が入ると頭をくらりくらりとさせながら、好きな作品について語りだす。とても聞き入ってしまう。そんな感じでいつしか毎週会うようになった。
会うときは、色んな作品に関する話をした。
でもそれ以外は決まって過去の女の話をするか、
「俺、年下に興味ないから」
とばかり宣ってた。
ハイハイわかってますよ。
別にあんた私のタイプじゃないし。会う度言うの、うるさいね。
しかしある日、あいつがかなり気に入っているというバーに初めて連れていってもらった。
「俺はバナナダイキリ、彼女にバラライカ。」
バラライカはある作品に出てくる、とても美しくて聡明で強い女性。あいつがバーで頼むお酒、決まって何かの作品から取ってくるんだな、それが。
こんな感じで女口説いてたのかな、いつも。
と思ったそのとき、私が手に持っていた煙草の灰がひらりと落ちた。とても静かに。
あいつが少し身を屈めて煙草に火をつける。
睫毛が長い。うなじから甘い匂い。
心がものすごくドキドキした。
とても、セックスがしたい。
甘い匂いに誘われるように、気づいたら家について行ってしまっていた。
押し倒された。煙草の匂いとあいつの甘い匂いでクラクラする。
耳元で「なぁ、付き合ってや」と関西の訛りで言われた。
いつもはあまり出さないのに。
年下興味ないっつってたじゃん、ずるい。
腰あたりがジンジン熱くなるのを感じた。
でも、直前で色々怖くなって、逃げるようにして帰ってしまった。
弁明の機会を頂戴。
私はそのとき処女だった。貞操観念は固いほう。
流されてカラダの関係など言語道断。
『じゃあ、付き合ったらいいじゃない』
これがまた上手くいかないんだな。
なぜなら、私は昔から海外留学をしたくて、海外で就職したい夢があるから。
天秤に掛けずとも、答えは分かっていたつもりだった。
混乱のあまり、あいつの家に煙草と靴下を置き忘れた。この状況をなかったことしようと、煙草と靴下忘れたから次会う時に取りに行くね、とめちゃくちゃ身勝手なメッセージを送った。
「付き合うか、友達辞めるか選べ」
返ってきたのはこの一言だった。
極端なひとだ。わるい男だ。これは脅迫だ。
私は目を閉じてあいつと絶交したらどうなるだろうと考えてみた。するとなぜか、心臓がきつく締め上げられ、呼吸がとても浅くなり、たくさんの涙が溢れてきて止まらない。頭がぐるぐるした。
こんな感情、なんて言うんだっけ。
私はあいつ付き合うことにした。
トンネルの先にある出口、来るであろうお別れに目を瞑って。
そのトンネルはとても薄暗くて、すごい甘ったるくて、居心地がよかった。その中で私は初めてをあいつに捧げた。とっても痛くて、とっっっっても気持ちがよかった。
お互い少しさびれたところが好きで、よくそんな所に出掛けてはジャズを一緒に聞いた。でもいくらトンネルのさきに目を瞑っても出口の光、自分の夢に付随する別れは残酷にも瞼越しに私の脳天をぶち抜く。
無理にそれを気持ちがいいものと思い込もうとした私は、一種の世紀末的な、終わるからこそ美しいなんてものをデートに見いだした。別れることありきとしか、それが伝わってたのかね、あいつは私とスキンシップを取ろうとしなくなり、セックスも拒むようになった。
私は、それが、ほんとうに、かなしかった。
あいつに元カノから連絡が来てた、という当たり障りないことに理由をこじつけて別れた。名も知らぬ元カノ、勝手に悪者にしてごめん。
トンネルの外に一旦出てしまったら、もう二度と会えないと思ってたが、結局付かず離れずの状態になった。たぶん完璧に離れるにはお互い本当に好きすぎたんだと思う。
遊びはあり、泊まりもあり、セックスはなし。
最初は脅迫してきたのに、
たぶん、あいつも分かってたんだな。
私が大学を卒業して実家に帰ってる最中、社会はウイルスでてんやわんや。
私も留学準備に忙しくて、人生最後の春休みなんてパタンと扉を閉めて呆気なくおしまい。
そんなときにあの電話が来た。
「俺、明日他の女とデートすっから」
一方的にフォローさせられたあいつのツイッターに、なんかよくわかんないけど女がかわいいかった、楽しかったみたいな文が書いてある。
お前、そんな言葉を吐くタイプだっけか?
ああもう画面がぼやけて見えないや。
その女と世紀末みたいなデートしてきたのかな。こんな時期に。
呪詛みたいな言葉が出かかったが、喉元のわだかまりと共に無理やり飲み込んだ。
もう付き合ってないし。
私は努めて冷静になって感情を紐とこうとした。
もうダメかな、まだいけるかな、大好き、うれしい、会いたい、悲しい、大嫌い、ずるい、酷い、憎い、愛してる。回り回ってぐーるぐる。この感情に出口はありますか?
もうめんどくさいな、何も考えたくないな。
とりあえず私は床に寝転んで地球とぐるぐるすることにした。