実らなくていいし、結ばれなくていい。 その距離が正しいのでしょう。
「明日ね、どうかなあ、今週ハードなんだよな。とてつもなく疲れてる」
「そんな先の予定立たん。また近くなったら言って」
「まだ飲み会抜けられなさそう、すまん、待てる?」
「翌日早いから日帰りコースでもよければ」
優柔不断な彼の文面を見て、心底面倒くさがりな男だなと思う。
一体この世のどこに、私以外にこんなぞんざいな扱いを受けてまであなたに会いたいと思う女がいるだろうか。
自分自身の一時的な苛立ちを宥めるかのようにしながら打ち返す。
「無理しないで、でも会えたら嬉しい。また連絡して」
この返事で会えた実績しかないから、きっと本当は彼も会いたいのだろう。
面倒くさがりな彼の「面倒くさい」を取っ払える何かが、私にはあるのだろう。たぶん。
遡ること4年前、テレビでは桜の開花宣言をしていた。
これから何かが始まるという季節に彼と出会った。至って真面目な婚活アプリだった。
やけにモテそうな男からいいねが来たと思えばありきたりの挨拶から始まり、テンプレのような質問文を交わし、ある程度知り合ったらLINEに移行して、都合が合えば飲みに行こうと約束を取り付けた。
至って普通の流れではじめましての日を迎えた。
「ごめん、3分遅れた」
人混みの中で、やって来る彼を見つけた。30cmは身長差がある。まるで少女漫画かのように、どくん、と大きく鼓動が鳴った。これを一目惚れというんだなと実感した。
彼は初対面にしては慣れた様子で会話を始めた。
「聞き上手だよね、俺ばっかり話してたわ」と彼は笑った。
居酒屋で彼の整った歯列や美しい顔立ち、艶のあるハンサムショートの髪型と低めの声に終始見惚れていた。勿論、どんな話をしたかもよく覚えているが。
2軒目のバーで横並びに座ったとき、信じられないほど緊張した。しかし彼はなんだか慣れているようで、その雰囲気に少し悔しさもあった。
彼は出会ったときから既に忙しい人間だった。平日の残業や土日の勉強に加え、連休は必ず旅行にいってしまうような人だった。
彼を知れば知るほど自分の入る隙がないことを察した。
しっかり恋に落ちた私はどうにか予定がほしくてたまらなかった。すぐに会いたかった。
桜が散る前に会うことができたのは、私が「最近ご無沙汰じゃないの?」と問いかけたからだ。最後の切り札にとっておいた誘い文句。
「そんなこと聞かれたら弱っちゃうな…あんまりからかうなよ。今週末は空いてる?」
最後の一文を見たときに、まるで魚が釣り竿にかかったようだと思った。こんなにチョロい人だったのか。そこで幻滅するわけでもなく、普通に嬉しかった。
私は会える喜びと引き換えに、恋愛対象として見られる希望を失った。
それからというもの、性への好奇心と熱量と体型がぴったり合ってしまった私たちは定期的にホテルで会うようになった。
彼からからまたねと言われるたびに、「この人また私に会うつもりなんだ」という幸福感に包まれた。
仮にその「また」が来なくても、その日の充足感があれば当分生きていけたので構わなかった。
気付けばそうして数年間、この関係が続いている。
終わらせ方がわからないわけではない。どちらかが婚約したら終わる程度の緩さだ。
それに、余計なことは聞かないし言わないから、互いの恋愛事情は実のところよく知らない。
彼が「こんな関係を異性と構築したことない」と素直に話してくれたときだけ、今までにないほどの優越感に浸った。
ホテルに足を運ぶ度に、二人の仲は深まるばかりだった。
過去に二度告白をしたこともあった。なんとなくOKが出る気がしていたので勇気などいらなかった。
「うーん…都合がいい関係って続かないんかね」
彼女になりたいだなんて究極のわがままだし、今思えば飛んだ出しゃばり方をしたなと笑える。
しっかり振られてから、意地でもこの人にとって都合良く生きてやると誓った。それが私の愛の形だと思うことにした。友達にやめておけと言われたって構わなかった。
やはり流石に4年も経つと情が湧いてくるのか、彼は私を不動の存在として認知し始めた。
別に、言葉で感謝されたり贈り物を貰ったりすることはないけど、連絡をとっていたらそれくらいわかる。
それに、誰がどう見てもそう呼ぶだろう二人の関係を、彼は「セフレ」と呼ばない。
だからきっと、私は彼にとっていちばん近い存在で、いちばん失いたくなくて、いちばん都合の良い女なのだ。
たとえ勘違いでも、それでいい。
彼は今年、30歳を迎える。
私はもう、彼の生活ルーティンも行動パターンも理解している。理系ならではのカタい性格も受容している。モテそうなのにモテない原因も熟知している。だけど、いつどんな転機が訪れても不思議ではない。私にだって新しい出会いが降ってくるかもわからない。
12ヶ月をぐるぐるとしているだけの私たちは、縁が切れたらもう二度と体を重ねることも口付けも許されなくなる。
泣いても笑っても、この関係から先に進むことはない。
もし出会った日に戻っても、同じ道を選ぶだろう。
変に交際を始めて、拗らせて、修復不可能になるよりずっと永続的だ。
私と彼とは、結ばれないことが最善策なのだ。
「そんな先の予定立たん。また近くなったら言って」
「まだ飲み会抜けられなさそう、すまん、待てる?」
「翌日早いから日帰りコースでもよければ」
優柔不断な彼の文面を見て、心底面倒くさがりな男だなと思う。
一体この世のどこに、私以外にこんなぞんざいな扱いを受けてまであなたに会いたいと思う女がいるだろうか。
自分自身の一時的な苛立ちを宥めるかのようにしながら打ち返す。
「無理しないで、でも会えたら嬉しい。また連絡して」
この返事で会えた実績しかないから、きっと本当は彼も会いたいのだろう。
面倒くさがりな彼の「面倒くさい」を取っ払える何かが、私にはあるのだろう。たぶん。
遡ること4年前、テレビでは桜の開花宣言をしていた。
これから何かが始まるという季節に彼と出会った。至って真面目な婚活アプリだった。
やけにモテそうな男からいいねが来たと思えばありきたりの挨拶から始まり、テンプレのような質問文を交わし、ある程度知り合ったらLINEに移行して、都合が合えば飲みに行こうと約束を取り付けた。
至って普通の流れではじめましての日を迎えた。
「ごめん、3分遅れた」
人混みの中で、やって来る彼を見つけた。30cmは身長差がある。まるで少女漫画かのように、どくん、と大きく鼓動が鳴った。これを一目惚れというんだなと実感した。
彼は初対面にしては慣れた様子で会話を始めた。
「聞き上手だよね、俺ばっかり話してたわ」と彼は笑った。
居酒屋で彼の整った歯列や美しい顔立ち、艶のあるハンサムショートの髪型と低めの声に終始見惚れていた。勿論、どんな話をしたかもよく覚えているが。
2軒目のバーで横並びに座ったとき、信じられないほど緊張した。しかし彼はなんだか慣れているようで、その雰囲気に少し悔しさもあった。
彼は出会ったときから既に忙しい人間だった。平日の残業や土日の勉強に加え、連休は必ず旅行にいってしまうような人だった。
彼を知れば知るほど自分の入る隙がないことを察した。
しっかり恋に落ちた私はどうにか予定がほしくてたまらなかった。すぐに会いたかった。
桜が散る前に会うことができたのは、私が「最近ご無沙汰じゃないの?」と問いかけたからだ。最後の切り札にとっておいた誘い文句。
「そんなこと聞かれたら弱っちゃうな…あんまりからかうなよ。今週末は空いてる?」
最後の一文を見たときに、まるで魚が釣り竿にかかったようだと思った。こんなにチョロい人だったのか。そこで幻滅するわけでもなく、普通に嬉しかった。
私は会える喜びと引き換えに、恋愛対象として見られる希望を失った。
それからというもの、性への好奇心と熱量と体型がぴったり合ってしまった私たちは定期的にホテルで会うようになった。
彼からからまたねと言われるたびに、「この人また私に会うつもりなんだ」という幸福感に包まれた。
仮にその「また」が来なくても、その日の充足感があれば当分生きていけたので構わなかった。
気付けばそうして数年間、この関係が続いている。
終わらせ方がわからないわけではない。どちらかが婚約したら終わる程度の緩さだ。
それに、余計なことは聞かないし言わないから、互いの恋愛事情は実のところよく知らない。
彼が「こんな関係を異性と構築したことない」と素直に話してくれたときだけ、今までにないほどの優越感に浸った。
ホテルに足を運ぶ度に、二人の仲は深まるばかりだった。
過去に二度告白をしたこともあった。なんとなくOKが出る気がしていたので勇気などいらなかった。
「うーん…都合がいい関係って続かないんかね」
彼女になりたいだなんて究極のわがままだし、今思えば飛んだ出しゃばり方をしたなと笑える。
しっかり振られてから、意地でもこの人にとって都合良く生きてやると誓った。それが私の愛の形だと思うことにした。友達にやめておけと言われたって構わなかった。
やはり流石に4年も経つと情が湧いてくるのか、彼は私を不動の存在として認知し始めた。
別に、言葉で感謝されたり贈り物を貰ったりすることはないけど、連絡をとっていたらそれくらいわかる。
それに、誰がどう見てもそう呼ぶだろう二人の関係を、彼は「セフレ」と呼ばない。
だからきっと、私は彼にとっていちばん近い存在で、いちばん失いたくなくて、いちばん都合の良い女なのだ。
たとえ勘違いでも、それでいい。
彼は今年、30歳を迎える。
私はもう、彼の生活ルーティンも行動パターンも理解している。理系ならではのカタい性格も受容している。モテそうなのにモテない原因も熟知している。だけど、いつどんな転機が訪れても不思議ではない。私にだって新しい出会いが降ってくるかもわからない。
12ヶ月をぐるぐるとしているだけの私たちは、縁が切れたらもう二度と体を重ねることも口付けも許されなくなる。
泣いても笑っても、この関係から先に進むことはない。
もし出会った日に戻っても、同じ道を選ぶだろう。
変に交際を始めて、拗らせて、修復不可能になるよりずっと永続的だ。
私と彼とは、結ばれないことが最善策なのだ。