パートナーを求めてた彼女。都合のいい人が欲しかった私。
彼女と過ごした4か月のことは、本当によく覚えている。

彼女は、だらしないわたしの面倒をよく見てくれた。
寂しがりなわたしによくかまってくれた。
すっかり彼女に懐いたわたしが、これまで他の男にしてきたように、家に行くたびに忘れ物を増やしていっても、迷惑な顔ひとつしなかった。

遅くまでアルバイトをして、泥のように疲れた夜に玄関で倒れても、彼女は酒くさくて重たいわたしの体を抱き上げて、ベッドまで運んでくれた。
そうしてよれた化粧をやさしくていねいに落としてから、
「これでよし」
と小さな声で呟いた。

いつもどおりだった。だけどその日の彼女は、いつもと少しだけ違った。
そのまま仕上げをするみたいに、わたしの唇に軽いキスをした。

「何?」
とわたしが聞くと、彼女は照れたように、
「なんでもない。間違えた」
と言うだけだった。

酒に酔っていたわたしは、思わせぶりなその態度をどうしても見逃せなかった。
わたしの方からふざけて抱きつくことはあっても、彼女からキスをしてくるなんて、本当に珍しくて嬉しかったから。魔がさした、と言ってもいい。

お願いする口調で言えば、彼女が受け入れてくれることをよく知っていた。

「こっち来て、一緒に寝よ」

向かい合って寝転んだ彼女をつかまえて、覆いかぶさってキスをした。
けらけらと笑い合いながら、ふざけるように、それでももう「間違えた」なんて誤魔化せないくらいに深く、何度もくちづけた。


ことあるごとに、かわいいなあ、と心の声が漏れた。
普段は私にそう言ってくれたけど、本当は彼女のほうがずっとかわいいのだ。あなたはかわいい。かわいいから好き。それを分かってほしかった。

彼女が着ていたスウェットをめくり上げて、お腹にキスをしていたときには、わたしの酔いはすっかり醒めていた。

彼女と体を重ねるのは、これまでどんな相手としてきたことよりもずっと楽しくて、気持ちよかった。


わたしたちのなんとも言えない関係に名前がつくよりずっと早く、彼女の部屋にはわたしの持ち物が増えていった。
小綺麗な部屋と同じように、わたしのことを受け入れてくれた彼女はかわいくて、どうしようもなく都合が良かった。

本当に都合が良すぎたのだ。
人として信頼できて、健気で、優しくて、話が合う。そんな彼女と過ごす時間が好きで、彼女との行為に夢中だったわたしのことを、全部わかっていて許してくれたのだから。

だけど、きっと人生に向き合ってくれる相手を欲していた彼女と、自分を甘やかしてくれる理想の相手がほしいだけのわたしでは、続きようがなかった。


遅くに男友達と飲みに行ったことを咎められたのをきっかけに、わたしたちは小さな諍いをした。最初のうちは有耶無耶にして仲直りしていたけれど、彼女の中で積み重なった何かが、ある日を境にあなたをとびきり冷たくさせた。

言い合いをしても、何度もしたキスや行為のことには触れなくなった。責められるたび、抱きついて甘えて、全部ごまかせたら、と思った。話すたびに、縁を切る理由を探しているみたいで苦しかった。


はじめて手に入れた、居心地の良い関係と、ただひたすらにかわいい彼女。

どうしても手放したくなくて、かえって嫌な思いをさせたかもしれない。
結局わたしは、あなたの友達にも、セフレにも、恋人にもなれなかった。ただ、振り回しただけ。


もうここには来ないと告げたとき、彼女が諦めたように言ったことを、鮮明に覚えている。

「あなたみたいな適当な人ばかり、好きになっちゃう私も悪いんだよ」

一緒にいすぎたせいで、彼女がたくさんの言葉を飲み込んでいることだって、すぐに気づいてしまう。

分かっている。
あなたはずっと、かわいいだけなんかじゃなくて、意外と気が強くて、かしこくて、ちょっと変で、結構面倒くさくて、時々重たくて、繊細で、そんな部分を隠してしまえるくらい、大人だ。
かわいい、の一言で見ないふりをしてきたのはわたしだから、よく知っている。

「悪くないよ。わたしが全部悪くて、どう考えてもわたしのせいだよ。全部」

たくさん謝った。
もういいよ、とだけ言われた。
あなたにだけは、どう罵られても文句は言えないのに。


生まれて初めて同性とキスをしたときは、安心感で胸がいっぱいになったのを覚えている。
だけどそのときから、ああわたしはなんて面倒な性質を抱えて生まれてきたのだろう、と思っていた。

だけど、それは違う。
彼女は私の抱えるものより、ずっと面倒で重たいものを抱えていて、それを隠すためにかわいいふりをしているだけだった。

私の「かわいい」は、彼女を傷つけることへの免罪符だった。
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