私たち、ずっと幸せだったはずなんだよ。
帰り道に迷った。
それに気がついたのはついこの間。


街に夕方のチャイムが響く。
子供達が明日を約束しながら駆けてゆく。
最寄りに着いて、以前よく行っていた雑貨店が閉店セールをしていると聞いてたまには、と立ち寄った。
その帰り道。おもむろにスマホを開く。
三年一緒に暮らす彼からは『遅くなる。』とだけメッセージが入っている。
この頃ずっとこれだ。


いつもなら『気をつけてね』なんて返して、スーパーに寄って夕飯の材料を買って、誰もいないワンルームで料理を作って一人で食べて。
終電間際で帰る彼をソファーでうとうとしながら待って。
なんとなくテレビを流して、どちらからともなくキスをして、電気を消す。
変化が少ない安定とどこにも向かわない空虚。
そんな生活。
これが私の中の幸せだった。


でもその瞬間は違った。
送られてきたメッセージに返信しようとする手が止まった。
ふと道の先を見た。
何度も通ったはずの河川敷と青々と茂った桜並木が夕焼けに照らされて赤く焼ける。


本当にこっちで合ってたっけ。


今まで迷わず歩いてきたはずなのに、なんとも言えない不安に押し潰されるように足がすくんでしまった。


間違ってるわけない。だって一人で通ったことも、


頭の中に今までが巡る。
夏の暑さが抜けない土曜日の夕方、自転車に二人乗りして帰ったこと。
桜が降る夜に二人でお酒を買って夜桜気分で来たはいいけど、暗すぎて馬鹿みたいに笑ったこと。
喧嘩した明け方に手を繋いでここまで来て、冬の冷たい空気を吸ってマフラーに顔を埋めて泣いたこと。
その全てに彼がいた。
一人で通ったことなんかなかった。
じとじとした夏の暑さに汗ばむ。
彼といるなら、帰り道を覚えておく必要もないと思っていた私が記憶の中にはいた。
スマホを握る手に力が入る。
右手のリングが痛いと思ったのは初めてだった。


私の中の幸せはいつの間に形を変えてしまったのだろう。
河川敷の中腹に腰を下ろして、目を瞑る。
彼も私も大人になって、前までのような大きな喧嘩をすることもなくなった。
帰りが遅くなっても特に咎めなくなった。
土日は家で過ごすようになった。
好きだとか、愛してるだとか歯が浮くような言葉を口に出さなくなった。
ちょっとの距離にも車を使うようになった。
抱き合わなくても眠れるようになった。
これが今の生活で、幸せのかたち。


でも、右手のシルバーリングをもらった、まだ半同棲だった三年前の私がもしもこの未来を知ったとしたなら、果たして今の私たちを見て幸せだと言うんだろうか。
きっとあの頃の幸せはもっとくだらなくて安っぽくて、ビー玉のように光っていて。
歯が浮くような言葉の一つ一つが、彼の全てが、この先の未来がたまらなく愛おしくて。
毎日をフィルムに焼き付けるように生きていた。


さっきまで眩しかった夕日は傾いてじめじめした空気の中にもだんだんと夜の成分が濃くなり始めた。
真っ暗になったら本格的に身動きが取れなくなる。
マップアプリを開いて家の住所を入れると無機質な機械音がルートナビを始めた。


彼からのメッセージには何も返さなかった。


悲しいはずなのに。
喉の奥がキリキリするのに。
それでも涙すら出なかった。


ここは深い深いぬるま湯の中。
発展も確証もない、非生産的な幸せ。
この先に天国も地獄もないんだろうか。
二人の幸せは、この気持ちは、どこへ行くんだろう。


あの日のビー玉のような幸せには、私たちじゃもう触れられないのだろうか。
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