部屋に置かれた誰かの物が、私を刺すように見ていた。
⚠この純猥談は浮気表現を含みます。
彼のことは、高一の時から知っていた。
面識もあった。
でも、一言も話さなかった。
なぜなら私は俗に言うカースト最下層、クラスの中心にいる彼と話せるわけがなかった。
二回も同じクラスになったのに、初めて話したのは成人式の後に行われたクラス会だった。
同窓会と呼ぶにはまだ早いけど、全員雰囲気ががらりと変わっていた。
もちろん彼も。
ずっと短く揃えていた髪は伸び、上京先で買ったのだろうニットを纏い、高校球児の面影はもう無かった。
隅で大人しくビールを飲む姿は、一層綺麗に見えた。
随分飲んだ後の二次会で彼が入れたのは、私の好きな歌だった。
思わずその場で声を出してしまった。
「私も好き」
それだけだったと思う。
お酒が入ってなかったら、そんなこと絶対に言わなかった。
彼は、これいいよね、と笑った。
それ以上話が広がることはなかったけど、それでも嬉しかった。
それだけで胸がいっぱいで眠れなかった。
彼のことなんて、ほとんど知らないのに。
別に好きになったわけじゃなかった。
今私と彼の住んでる街は遠いし、何より接点がない。
同じ歌が好き、ただそれだけの仲。
時間が経てば小さな出来事はすぐに忘れる。だけど私はそのことを忘れられないまま、梅雨が明けた。
突然だった。
私が東京に来ていることをSNSで知った彼から連絡が来た。
二人で飲みに行かないかという内容だった。
私は心底驚いた。
ほとんど話したこともないのに、私なんかを誘ってくれる彼の真意が分からなかった。
楽しませる自信はない。
でも、断る理由もなかった。
約束の五時間前、美容院に行き、待ち合わせ場所の近辺を散策し、見つけ次第トイレの鏡で化粧を直した。
湿気が残った七月初旬、少し歩けばじっとり汗をかく。前髪が潰れる。香水が飛ぶ。日焼け止めが落ちる。
少しの油断も許されない。
待ち合わせ時刻丁度、書店の前で見つけた彼はまたがらりと雰囲気が変わり、大人びていた。
周りの女の子はみんな彼を見る。
私もその一人、すっかり見惚れてしまった。
学生時代近くで見ることのできなかった笑顔が私に、私だけに向けられている。
それだけでもう良かった。
彼はいつから考えていたのだろう。
改札に入ろうとする私の手を引いた時、
終電を調べようと出した携帯を奪った時、
二軒目に誘った時、
いや、もっと前かもしれない。
私は彼の家で、彼の寝顔を見ていた。
別に初めてじゃなかった。
好きじゃない人としたこともある。
でもどうしようもなく寂しくて切なくて苦しかった。
それは彼が先に寝たからじゃない。
私の名前を呼んでくれなかったからじゃない。
部屋に置かれたあらゆる物たちが、私を刺すように見ていた。
ピンクの歯ブラシや鏡の裏のクレンジング、23センチのスニーカーの持ち主の存在を、その時まで知らなかった。
「私だけ好き」
それだけだった。
面識もあった。
でも、一言も話さなかった。
なぜなら私は俗に言うカースト最下層、クラスの中心にいる彼と話せるわけがなかった。
二回も同じクラスになったのに、初めて話したのは成人式の後に行われたクラス会だった。
同窓会と呼ぶにはまだ早いけど、全員雰囲気ががらりと変わっていた。
もちろん彼も。
ずっと短く揃えていた髪は伸び、上京先で買ったのだろうニットを纏い、高校球児の面影はもう無かった。
隅で大人しくビールを飲む姿は、一層綺麗に見えた。
随分飲んだ後の二次会で彼が入れたのは、私の好きな歌だった。
思わずその場で声を出してしまった。
「私も好き」
それだけだったと思う。
お酒が入ってなかったら、そんなこと絶対に言わなかった。
彼は、これいいよね、と笑った。
それ以上話が広がることはなかったけど、それでも嬉しかった。
それだけで胸がいっぱいで眠れなかった。
彼のことなんて、ほとんど知らないのに。
別に好きになったわけじゃなかった。
今私と彼の住んでる街は遠いし、何より接点がない。
同じ歌が好き、ただそれだけの仲。
時間が経てば小さな出来事はすぐに忘れる。だけど私はそのことを忘れられないまま、梅雨が明けた。
突然だった。
私が東京に来ていることをSNSで知った彼から連絡が来た。
二人で飲みに行かないかという内容だった。
私は心底驚いた。
ほとんど話したこともないのに、私なんかを誘ってくれる彼の真意が分からなかった。
楽しませる自信はない。
でも、断る理由もなかった。
約束の五時間前、美容院に行き、待ち合わせ場所の近辺を散策し、見つけ次第トイレの鏡で化粧を直した。
湿気が残った七月初旬、少し歩けばじっとり汗をかく。前髪が潰れる。香水が飛ぶ。日焼け止めが落ちる。
少しの油断も許されない。
待ち合わせ時刻丁度、書店の前で見つけた彼はまたがらりと雰囲気が変わり、大人びていた。
周りの女の子はみんな彼を見る。
私もその一人、すっかり見惚れてしまった。
学生時代近くで見ることのできなかった笑顔が私に、私だけに向けられている。
それだけでもう良かった。
彼はいつから考えていたのだろう。
改札に入ろうとする私の手を引いた時、
終電を調べようと出した携帯を奪った時、
二軒目に誘った時、
いや、もっと前かもしれない。
私は彼の家で、彼の寝顔を見ていた。
別に初めてじゃなかった。
好きじゃない人としたこともある。
でもどうしようもなく寂しくて切なくて苦しかった。
それは彼が先に寝たからじゃない。
私の名前を呼んでくれなかったからじゃない。
部屋に置かれたあらゆる物たちが、私を刺すように見ていた。
ピンクの歯ブラシや鏡の裏のクレンジング、23センチのスニーカーの持ち主の存在を、その時まで知らなかった。
「私だけ好き」
それだけだった。