私たちの過ごした8年間は何だったんだろうね
もう何となく分かっていたことだった。

私たちはとても大事にし合っていたから。

だからこそ、
一緒に住みはじめてから、初めての冬。

付き合って8年が経とうしてる冬。

私たちは一緒にいることをやめた。



彼は一緒に住んでる部屋にはほとんど帰ってこなくなっていたし、
少しずつ少しずつセックスの頻度も少なくなっていた。

久しぶりに帰ってきた夜、
「これからどうしようか」
とぽつりと彼が言う。

どうもこうもないだろ、と私は思った。
が、やっぱりすぐに「別れよう」とは言えず、
心の中でその言葉を呟いてみると案外陳腐な言葉だな、と感じる程冷静な自分がいた。

やっぱり「別れようか」と私がいうしか他なかった。



きっと他に女の子が出来たのだろう。
今までそう感じる事は一度もなかったが、
今回はそう確信していた。

自分にも女の勘というやつが備わっていたのだという事である。


私たちは別れると決まってから一度だけ同じ布団で寝た。
「寂しいね」といいながら手だけ繋いで寝た。


私は彼がとても好きだった。
側から見れば、しがないバンドマンで、
そして少し変わったひとだった。
その変わった部分すらも私は愛していて、そんな彼を分かってあげられるのは私だけだと思ってしまっている部分があった。
舞い上がっていたのだ。典型的だ。

お互いに音楽をやっていたが、
私は仕事をしながら音楽を続け、彼はバイトとバンドに熱中する日々だった。

彼のつくる歌が好きだったし、彼が口ずさむ歌に合わせて私も口ずさんでる時間が好きだった。


そして彼も私をとても大事にしてくれた。
それはひしひしと伝わってきた。

一緒に住む前は忙しい合間を縫って私に会いにきてくれたし、
お金がない中誕生日にはお祝いをしてくれた。

何にもない昼間には一緒ベッドに潜り込んでテレビを見たり、よく公園を散歩した。

他愛のない話をして、笑って、手を繋いで歩いた。



そして何より会いたいときにはお互い正直に「会いたいね」といい、「好きだよ」と言い合った。



私はただそれだけで良かった。
それが一緒に生きていく上で全てだと思った。


別れてからは彼が出ていき、ひとりで住むには少し広い部屋に私ひとりきりになった。

少しの間は彼の荷物がまだあったけれど、私がいない間に荷物が減っていった。

それが、どうしようもなく寂しかった。



そして私は春に引っ越しを決めた。
別れてから数ヶ月ぶりに彼に連絡をし、
まだ少し残っていた荷物を取りに来てもらうように伝えた。


「荷物まとめるの手伝うよ。」
そう言ってくれた彼に、ノーとは言えず、
久しぶりにあの部屋の中、2人で過ごした。


私たちは不思議なくらい、いつも通りで、
ふざけあって、私が怒って、彼が笑う。
何も変わらない昼間だった。

そこにないのは、その合間に交わされるキスやスキンシップだけ。


「じゃあそろそろ帰ろうかな」
一通り片付いた部屋を見て彼が言う。
「待って、これはどうすんのよ」

私は彼が持ってきたぬいぐるみを手に取った。

「これはさ、あげるよ、俺だと思ってね?」
いつものふざけた口調だった。

いつもなら軽く受け流せる事が今は何だか胸がいっぱいでどうしようもなかった。


ただただ私は何も言えずそれを抱きしめた。

何を言うのが正解なのか分からなかった。
一言こぼれてしまえば、甘ったるい言葉が幾らでも出てきていたと思う。


彼もなんだか真剣な顔になって、私を見つめる。

この空気は知っている。


もうその瞬間から止められなかった。
お互いになんとなく分かっていて。
どちらからともなくキスをして、

何にもないフローリングに寝そべって、
セックスをした。


「こんなのおかしいよね。」と彼が言う。

「もう私もわかんないや。」

どうでも良かった。
ここに彼がいて私がいる。
触れ合いたくて仕方ないそれだけだった。


なんで一緒にいられないのだろうね。
どうしてだろうね。

私はその言葉を飲み込んで、彼をどうしようもなく抱きしめる。


セックスをしている時に、涙が出そうになるのはこれが初めてだった。




それから、私は引っ越した。


彼と暮らした家にはもう何もない。不思議なものだ。違う人が暮らしてるかも。

声を聞くだけでまだ鮮明に思い出してしまうから、まだまだ彼の歌は聴けない。聴けそうにない。



私たちの過ごした時間はなんだったんだろうね。
意味をつけることもなんだか安易な気がした。

側から見れば変な男とその変な男に振り回された女で、
そうだったなと今にして思う。


けれどとても好きだった。
とても大事に大事にしあっていた。


自分の携帯から音楽を流していると、彼と歌った曲が流れる

私はまだその曲を口ずさめそうにない。
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