「結婚するんだ」という言葉を聞いて、真っ先に浮かんだのは安堵だった。
やっと解放される。

「結婚するんだ」というその人の言葉を聞いて、真っ先に浮かんだのは安堵だった。


その人はステージに立っていた。僕は写真を撮っていた。
偶然知人の紹介を受けて、僕らは被写体とカメラマンとして出会った。

その人はとても美しい。初めて撮った日のあの感覚は忘れない。
ずっとずっと、夢中になって撮り続けた。
この人を撮るために写真を続けたい、そんな気持ちさえ生まれたくらい。

被写体としてではなく、その人自身に惹かれるようになるのに時間はかからなかった。
マイペースで、たまに考えすぎで、優しくて、不完全で、なんとも愛おしい人。

でも、その人にはいつも恋人がいた。

僕には恋愛経験がなかった。
うまく好意を伝える術も、
気持ちを隠しながら立ち回れる術も知らなかった。

そして何より、迂闊に気持ちを伝えて「撮れなくなる」ことが何よりも怖かった。

だから、この気持ちを口に出さないことにしていた。
その臆病な選択をしたのは紛れもなく自分自身だった。

それにもかかわらず、その人が恋人の話をする度に嫉妬をし、2人で会う度もしかしたらという淡い期待を抱き続けた。

被写体として撮り続けたい、でももう一歩近付いた関係になりたい。

その狭間でこねくり回された甘さと苦さが混じる感情で、
いつの間にか僕は縛り付けられて何もできずに動けなくなっていた。


がんじがらめにも慣れてしまった。
でもあとどれくらいこうしていられるだろうか、
そう悩み続けている中での結婚の報告だった。

「結婚する気はない」、なんてずっと言っていたその人が選んだ相手は、きっととても素敵な人なのだと思う。

悲しいとかショックだとかそういう気持ちは浮かばず、
ただひたすら、よかった、と思った。

ああ、やっと被写体とカメラマンに戻れるんだ。
初めて撮った日のような素直な気持ちだけでその人と向かい合えるんだ。

するりと出た心からの「おめでとう」は、紛れもなくその人に向けて言ったのに、自分に対する祝辞のようだった。
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