タバコの匂いがしない彼が好きだった。木綿のハンカチーフで泣く彼が好きだった。
「これ聞いてみて」
高3の冬、彼から一つURLが届いた。

大学受験は目前に迫り、学校は休校期間に入っていた。私も起きてから寝るまでただただ机に向かう毎日で、彼とはもう半月近く顔を合わせていなかった。
LINEが来たのも1週間ぶり。
私は勉強のご褒美にとその通知をとっておいて、寝る前にそっとURLを開いた。

木綿のハンカチーフ

彼が当時好きだったアーティストがカバーしたものだった。

最初から最後まで飛ばさずに聞いた。しかし正直何も思えず、突然どうしたの笑と返す。

「これ聞いて泣いちゃった」

彼の返事が可愛くて、もう一度聞いた。
やっぱり私は泣けなかったけど、さっきよりは歌詞が沁みた。

悲しくても、嬉しくても、感動しても。
とにかくすぐに泣いてしまう純粋な彼のことが私は大好きだった。



当時、私たちはキスもエッチもしたことがなかった。
高2の夏に告白されてから1年半、大人が見たら誰もが微笑むような高校生らしい純愛を育んでいた。


私も彼もそれぞれ東京の大学に合格し上京が決定した。
しかし新型コロナウイルスのために授業が全てオンラインになり、私は上京の時期をずらした。
彼の大学もほとんどの授業がオンラインだったけれど、もう契約してしまったからと彼は4月に上京した。

不安だった。
でもあなたもすぐくるでしょ、と言った彼の笑顔を信じた。

毎日LINEした。
5月、同じ学部の人と初めて会ったと話され少し焦った。私だけが足踏みをしているように思えて。


徐々にLINEの返信速度は落ちていき、彼からの返信は2日に1度のペースになった。

しかし悲しくなかった。そりゃそうだろうと思っていた。環境が変わって、今までと同じ関係性を持続しろというのは酷すぎる。
向こうは東京で新しい生活に忙しくしているのだ。夏が明けたら私も上京する。そこでまた足並みを揃えればいい。


7月、彼がバイトを始めたと言った。
チェーンのカフェバイト。
コーヒーは苦いから飲めないって言ってたのにな。

8月、いよいよ彼の返信は遅くなり、私が閉じこもり自粛生活を続けるなかで彼のストーリーはいわゆる都会の大学生のようなものになっていった。

遊び歩いてるから今年は帰省控える、と彼が言ったので少し遊びを控えて私に会いにきてよ、と笑いながら伝えると9月になったらこっちにくるでしょ、と彼も同じく笑って答えた。

私は本気で言ったのに。
怖くて笑わずにいられなかったの。

彼のストーリーはますます派手になっていき、服装や髪型は別人のようになった。

9月、私はついに上京した。

「14時50分に東京着くから迎えに来てよ。」
「ごめん、バイト入ってて行けない。」


上京した次の日、久々に会った彼からはタバコの匂いがして驚いた。

というより引いた。
全然そんなやつじゃなかったじゃん。

吸ってるのは俺じゃないよ、と気まずそうな彼は前みたいに愛しく私を見つめてくれなかった。ほとんど目を合わせてくれなかった。


吸ってる人が多いバイト先だから。仕方ないよ。
ていうかタバコの匂い嫌い?
こっちだとタバコ吸ってる人多いよ。


一度彼のバイト先の仲間たちと一緒にカラオケに行った。未成年だからと酒を断る私を皆物珍しそうに見ていて嫌だった。
彼は庇ってくれなくて、恥ずかしそうに目を逸らしてた。

陰でこっそり女の先輩の腰に手を回している彼を見た。
タバコを吸いにと出て行ったその先輩の後を追いかけている姿も見た。




もう私たち別れるんだろうな




散々なカラオケの後、泣きながらLINEを読み返した。高3の冬まで遡った。


木綿のハンカチーフ


当時彼が泣いた歌を聴いて、私は泣いた。



別れは私から切り出した。そのあと2通ほどLINEを交わしたきり、彼との連絡は途絶えた。


授業は寝ずに真面目に受ける彼が好きだった。
ちりとりで最後まで埃をすくい切る彼が好きだった。
疲れていても家まで送ってくれる彼が好きだった。
照れて女子とはまともに話せない彼が好きだった。
タバコの匂いがしない彼が好きだった。
木綿のハンカチーフで泣く彼が好きだった。


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