ベランダのキスも、一緒に乗り過ごした電車も彼は覚えていないんだろう
「俺、彼女できた。」

彼の言葉に私の全部が止まった。
周りの友達の驚く声や祝う言葉に隠れるように心を押し潰す。
気の利いた言葉なんて出るわけがないからどうにか無理やり笑った。
きっと私だけにフォーカスが当たっているのなら一人だけ喜べていないことがバレたと思うけれど、彼はそれほど私を見ていないからきっと気づいていないだろう。

彼は仲のいい地元の男女グループの中の一人であり一番仲のいい男友達だった。彼とは二人でよくご飯に行ったり、大学が終わり一緒に帰ったりと、連絡も誰より多く取っていた。

そんな彼に彼女ができたのだ。

これ以上になれないと思うと、今まで思い出さなかったことまで思い出される。

大学からよく一緒に帰っていた時、待ち合わせ場所に行くと彼はミルクティーとストレートティーを持っていて「どっちがいい?」と私に好きな方を選ばせてくれた。私がミルクティーを選ぶと、次に会ったときは違う種類のミルクティーを2本持って現れて「どっちがいい?」と選ばせてくれた。別にどっちでも良かったし私は特別ミルクティーが好きだったわけでもなかったけれど、彼のそういう心が好きだった。


失ってから気づくとはこういうことなんだろうか。
なぜかいつまでも隣にいてくれる気がしていたのに、そんな彼はもういない。
もう少し頑張っていれば、あの時こうしていたらと、後悔してももう遅い。

彼の優しさに期待したこともあったけれど、それは友達としての私に向けられたものであったと受け入れるしかない。
それに今までずっと心を抑えてこれたんだからこれからも大丈夫だろう。きっと大丈夫。


それから少し経った後、いつものグループでの宅飲みをした。
気分が悪くなった私は、盛り上がるみんなの輪をフラフラになりながら抜けてベランダに出た。
ダサいけど彼のこととか他のいろんなことでヤケになって呑みすぎていたのだと思う。

「大丈夫なの?」
と酔っぱらった彼が目を擦りながら横に座った。

彼はお酒がすごく弱いという訳ではないけれど、酔うとすぐ眠くなるらしくこの時も気づけば私の肩にもたれて眠っていた。
「心配しにきたんじゃないんだ」と呟く私の声は彼には聞こえていないようで、子どもみたいな彼の寝顔をみていると、この時間が続けば良いのに、とふと思ってしまった。


彼といるといつもこうだ。
冬のベランダなんて笑えないくらい寒いのにずっとこうしてたいと思うし、
夜中に急に呼び出されて朝まで喋ったせいで次の日のテストを受けられず単位を落とした時も、最悪だったけれどすごく楽しかった。
電車を乗り間違えて家と全く逆の方面行きの電車に乗っちゃった時も早く帰りたい〜と言いながらこのままこの時間が続けばと思っていた。
全部彼のせいなのに彼のおかげで楽しかった。

彼に彼女ができたあの日から、というか彼を好きになってから私は彼ばかりで、まったく進めていなくて呆れる。


このまま彼といたい自分を押し潰して
「もう戻るよ」
と言い彼の手を引くと
「まだまって〜」
と返される。

私だってもっとここにいたいけれど、それはもうダメな気がする。
私はまたすぐに立ち上がって「はやく」とさっきより強く彼の手を引いた。

その瞬間、彼がそれよりも強い力で私を引っ張って抱きしめ「ねえ」と言い、私の目を見つめた後、キスをした。

固まる私に何も言わず、また目を閉じて眠る彼。
私は彼をどうにか諦めようとしているのに、酔っ払って自分の事が好きな友達にキスするなんて。

何も考えられない私をよそに彼は寝言で彼女の名前を呼んだ。

その瞬間、彼の行動ひとつひとつにひどく一喜一憂している自分に笑ってしまった。

きっと、ハグもキスも話した内容もあの日の出も夜景も間違い電車もミルクティーも彼は覚えてないんだろう。
心にそっととっておくのは私だけで、明日になれば私はいつも通り彼の友達でいないといけない。
そう思った時、今日に全部置いて行こうと思った。彼はどうせ覚えていないんだから私が忘れたらなかったことになるんだ。彼の間違ったキスとハグと一緒に全部無かったことにしよう。

私、今までずっと言えなかったけど、言わなかったけど

「ずっとあなただけが好きだったよ」

最初で最後の告白が寝てる彼に聞こえていたかどうかわからないけれど、もし聞こえていたとしても、彼は明日になったらなにもなかった顔で「あーもう昨日飲みすぎたわあ。なんも覚えてない」と言うだろう。

「ほんと、私も何も覚えてない」
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