推ししか勝たん。

推ししか見えないから、彼氏ができない。

それが大学時代のわたしだった。
大学入学から就活前までの遊びたい放題な時間を、わたしはひたすら推しに注いだ。
とにかく推しが最優先で、1日のほとんどの時間を推しのことしか考えていなかった。バイト代は全てコンサートのチケット代と渡航費に費やした。


だが、就活解禁を控えた冬のある日、推しグループが解散した。
解散コンサートのチケット代は定価より跳ね上がり、お姉ちゃんに借金までして推し達の最後を見届けた。

その日からのわたしは抜け殻だった。
推しが死んだくらいの悲しみのドン底に突き落とされ、そんな中で就活を始めなくてはいけないのがストレスだった。

これと言ってやりたいこともなく、とりあえず就職できればいいや、くらいだったわたしの就活は至ってスムーズに進んだ。どうせ転職するつもりだし、と軽い気持ちで内定をもらったうちのひとつの会社に決め、就活を終えた。

晴れて自由の身になり、人生最後の学生生活。
「人生最後の夏休み」と呼ばれる卒業までの時間を、何に使おうかと考えていた時、
わたしはこれまでの人生で、男の人と深く関わってきたことが無いことをふと思い出した。

男友達が居なかった訳じゃないけど、恋愛に発展するほど特別仲が良いわけでもなかった。彼氏が全く居なかった訳でもないけど、元彼と言うほど長く付き合った訳でもない。
手を繋いで1日デートした訳でもなく、身体まで繋がる前には別れていた。

わたしは21年間処女だった。

周りの友達の惚気話を聞いて満足し、推しに恋愛に似た感情をぶつけて満足していたわたしは、22年目にもなって処女なことに正直ちょっと焦っていた。
「推ししか見えない」なんてただの言い訳で、彼氏は欲しかったし、ほんとはずっと焦っていた。でも、今更すぎた。

けれど、まともな方法で処女を捨てるにはもう遅すぎる。
学部の友達もバイト先の友達も女の子ばっかだし、サークル同期の男子は別に恋愛対象じゃない。大学生活もほぼ終わり、授業もサークルもほぼ行かない。もう出会いがない。


そんな時に軽いノリでマッチングアプリに登録した。既に親しい相手に裸を晒すより、初対面に裸を晒す方がマシ、という歪んだ感覚を持っていたわたしにとって、別に初体験が誰であろうとよかった。
その時のわたしは、捨てれるものはとにかく早く捨てたかった。


アプリで会った29歳の男の人に、初めてを捧げた。
初めて感じる痛さと不思議な気持ちよさがわたしを襲った。けどイくという感覚だけは分からなかった。その人以外にも、何人か会ってはいたが、やっぱりその感覚は分からないままで、その人ほど仲良くなることはなかった。

処女を捧げた人とは、それから何度か会った。たぶん、ちょっと好きだった。見た目も雰囲気もそれなりにタイプだった。初めて会ってから3ヶ月後に県外に旅行へも行った。そこで初めて本名を知った。と同時に、転勤になったことも知った。

その旅行の後、会う事は無かった。相手が転勤になると、心も離れた。最後の別れ際、「卒論が終わったらご褒美頂戴ね」と自分から言ったものの、わたしは自ら遠ざけた。
理由は、「やっぱりちゃんとしたいから」。

就職先も、初体験の相手もなんとなくで決めた女が、全く矛盾したことを言っている。
そもそも「やっぱりちゃんとしたい」なんて理由が、ちゃんとしていないのに。こんなアプリなんてやめて、ちゃんとしたい。ちゃんとした出会いをしたい。なんて馬鹿馬鹿しい。処女を卒業して3ヶ月で経験人数を一気に増やしてしまったわたしが、男の人と遊んでいる自分に酔っていたわたしが、今さら、ちゃんとできるはずがなかった。

それでも、初めてをあの人に捧げたことに後悔はしてなかった。


友達に、「好きじゃない人とセックスして気持ちいい?」と言われたことがある。世間的には、処女はどうでもいい人に捧げるべきじゃない。それでも、わたしは気持ちよかった。
相手がちょっと好みなら誰でもいいのかもしれない。じゃあ、ちゃんとするってなんなんだ。


推しが解散してから、変な出会い方で初対面の男の人に自分の心も裸も晒して、やたらと自分を消費した。オタクをしていた時より、うんと悩みが増えたし、見た目に対してネガティブになることが多くなった。本名も、職業も、どんな育ち方をしてきたかも知らないような人に恋愛感情を抱いては、恋愛経験値が無い自分が鏡に映し出されて、その度に嫌になった。何してんだ自分、と呆れた。


オタクをしてた時のわたしの方が、純粋で、輝いてて、毎日が楽しくて、きっと愛おしい人間だった。わたしを可愛くいさせてくれた推しが最高だったな。

推しぐらいわたしを可愛くいさせてくれる人が目の前に現れないかな。

ああ、やっぱり推ししか勝たんな。
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