初めて彼女と手を繋げた時、この温もりを忘れないようにしようと思った。
初めて彼女と手を繋げた時、この手の温もりを忘れないようにしようと思った。
初めて彼女とキスした時、この甘さを忘れないようにしようと思った。
初めて彼女と混じりあった時、この緊張感を忘れないようにしようと思った。

忘れたくないと思った。


デートの度に手を繋いだ。キスをした。時々、混じりあった。
手を繋ぐのに緊張しなくなった。
自分からキスを出来るようになった。
混じり合う時のぎこちなさが、少しずつなくなっていった。

でも僕は忘れていない。あの日の温もりを忘れてはいない。
手を繋げた時は、あの頃と同じぐらい嬉しい。
キスをした時は、あの頃と同じぐらいドキドキする。

これでいいんだと思っていた。
このまま初々しさを忘れずに行こうと。当たり前に思ってはいけないんだと。


でも、あの日の温もりを忘れていないのは僕だけだ。

慣れるのが普通なのに、僕はまだ手を繋げただけですごく嬉しくて。
彼女にとって、手を繋ぐのはもう当たり前で。

僕はあの頃と変わらず、長いキスをしていたくて。
彼女はそんな僕に少し面倒臭そうで。

彼女は、僕とは違ったのだ。

手を繋いだ時にとても嬉しそうな表情をしていた彼女は、もういない。
初めてキスをした時とは違い、もうキスだけでは紅潮しない。
事が終わると、すぐに眠る。

彼女にとってはもう、手を繋ぐ事も、キスをする事も、混じり合うのも「当たり前」になっているのだ。

僕も慣れたい。当たり前になりたい。
自分だけあの日の温もりを忘れられていないなんて、なんかダサい。少しだけ悲しい。

もう忘れたい。


この前久しぶりに彼女に会って、付き合ったばかりの頃の話になった。

「どっちから先にキスしたんだっけ?」

「んー、覚えてないなぁ」

僕は鮮明に覚えてる癖に、覚えてないフリをした。


その夜、僕らは久しぶりにホテルに行った。

ベッドの上で唇と唇が触れ合った瞬間、思い返す。
彼女との初めてのキスを思い返す。

狭いネットカフェの個室。
緊張しながら触れた彼女の唇。
触れた後の彼女の微笑み。

なんて事を考えてたら、彼女が舌を絡めてくる。
あの日の彼女とは、もはや別人に見えた。


舌を絡めることぐらいでは、彼女の羞恥心はもう刺激されない。

手馴れたその舌使いに、僕は少し嬉しく、少し悲しくなった。
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