20歳の誕生日に、違う女の名前で呼ばれた
メンヘラなのだと思う。
でも、死にもしないのに手首に傷をつけてノースリーブのワンピースが着られなくなるのは嫌だったし、髪の毛を抜く癖もハゲたくないからなんとか治した。

それに比べて、ただじっと嫌なことを思い出して、
自分を傷つけるのは、跡も残らなくて手軽だった。

私が大事に握りしめているのは、よく知りもしない女の名前だ。


私は大学2年生で、彼は先輩だった。
相談に乗ってもらって、性格が似ていることに気がついて、
そのうち理由をつけて会うようになって、だんだん理由がなくなって。

彼は初めての彼氏ではないし、彼も私が初めての彼女ではない。
私にとって彼は3人目、彼には私の前に6年付き合った彼女がいた。

でも、お互いにそんなことはあまり気にならなかった。
ごく普通にデートをして、キスにも行為にも、
もう初めては残ってないのにそれなりに時間をかけてくれた。

大事にされている。
愛されているのかもしれない、なんて浮かれていた。


付き合って初めてのイベントは私の20歳の誕生日だった。

その日は特に、脱がされるのを意識して服を選んだし、
香水だって気に入っているものをつけた。

プレゼントをもらって、
ちょっといいレストランで食事をして、
帰ったら、もつれるように体を重ねて。

もちろん言葉にはしなかったけど、
お互いそんなふうに考えていたと思う。

実際、その通りに事は運んだ。

煽りたくて、「この服、自分じゃうまく脱げないんだよ」と言うと、いつもより少し荒々しいキスの合間に、首元のホックが外される。

それでもいつも通り丁寧に前戯をしてくれて、
挿入にも痛みはなく、ただただ夏の蒸し暑い空気に溺れた。
汗が落ちてくるのさえ心地よかった。

きもちいい。かわいい。好きだよ。愛してるよ。
欲しい言葉を欲しいだけくれる。
頭が溶けそうなくらいうれしかった。


「かよちゃん、」


溶け出していたはずなのに、
私の頭は私のものではない名前を聞き逃さなかった。
全てが止まった。

「え?」

我ながら間抜けな声が出たと思う。半分笑っていた。
彼も曖昧にすこし笑って、キスをしようとした。

でも、すぐに真顔になって、
「ごめん」とこぼした。

弾かれたように私が泣き出したのと、
折れそうなくらい抱きしめられたのはほとんど同時だった。

ごめん、ごめんね。
何回聞いただろう。

違うよ、好きだよ。
そんなことを言われても聞いちゃいなかった。

性器がつながったままの間抜けな格好はいつやめたのか。分からなくなるくらい私は泣いたけど、彼も泣くので、私は途中で泣くことを諦めるしかなくなってしまった。


ああ、私は代わりなんだな。
彼には忘れられないくらい好きな人がいて、
私が入り込む隙なんかなかったんだな。

そんなことを考えはいたけれど、結局言い出せはしなかった。

それでも、私のくすぶった気持ちはときどき小爆発を起こした。

私が泣くたびに、彼は謝り、
「信じられないかもしれないけど、
信じてもらえるようにするね」と言った。
そんなわけない、と思った。

私は、無理やりにでも、
彼の言動にかよちゃんの影を探し出しては泣いた。

だけど、彼は根気強く不安を取り除いていって、
私の気持ちも少しずつ凪いでいった。

今思えば、付き合ったばかりの私の名前よりも、
数年付き合った彼女の名前の方が呼び慣れているから、
無理はなかったのかもしれない。
そう思えるまでになった。


なのに、私はかよちゃんの名前をずっと抱え込んでいる。
大事なもののように。

多分私自身は、実際もうそこまで気にしてはいないと思う。

引きずり続けているのは、
悲劇の主人公になるための材料になってくれて、
ほんとうに、便利だから。


ただそれ以上に、私を泣かせたことを悲しんで、
後悔しているであろう彼にこう思っている。

私のことを忘れられなくなればいいのに。


好きだよ、誰よりも。
そうやってもう少しだけ、私のものでいてね。
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