「彼女のそういう所が嫌で離婚した。 君にはそうなって欲しくない。」
ふた回りも年上のあなたと恋に落ちたのは、必然の出来事だったように思う。
私の住む街に旅行で訪れていた彼とは、行きつけのバーで偶然出会った。
共通の趣味があったこと、彼が離婚したばかりだったこと、私の心が弱っていたこと、私がまだ幼かったこと。
恋に落ちた理由はたくさんあった。
お互いの居住地に詳しくなったころ、私は仕事で心と身体を壊してしまった。彼はそんな私を見かねて、仕事をやめさせて同棲を始めた。
お金にも時間にもかなりの余裕があった彼と、各地を旅行したり、幸せな日常生活を送ったり、それまでの苦くて苦しい人生では持てなかった夢のような時間を過ごした。
大きかった私の気持ちと、それよりは小さかった彼の気持ちが逆転し始めたころ、
彼は数十年連れ添った前妻への気持ちを吐露するようになっていた。
彼女のこういう所が嫌だった、だから君にはそうならないで欲しい。
それでも彼女とは一度誓い合った相手だから、この先君と結婚しても一生面倒を見ていくつもりでいる。
まだいくつかの淡い恋愛しか経験したことのなかった幼い私には、残酷な宣言だった。
私が生まれる前からずっと一緒に人生の様々な場面を乗り越えてきた二人。
勝てない。
勝ち負けの問題じゃないと言われても、
どれだけ誠実に愛を伝えられても、
どんなに甘い時間を過ごしても。
焼きついた言葉は一番に私の頭を占めた。
別れた後、私は偶然にでも彼に会うことのないように、離れた街で暮らし始めた。
今では心も身体も健康を取り戻して、きちんと言葉と行動で愛を示してくれる同い年の婚約者とともに穏やかな日々を過ごしている。
あれからそれなりに時間が経って、彼の声も匂いももう思い出せなくなった。
彼は今も、彼女を、一生かけて守っている途中なのだろうか。